黒田勇樹の子役時代・若い頃や現在は?嫁と二度の離婚理由は?子供の父親は?出演CMは?

2026年2月6日俳優

もくじ

黒田勇樹さんのプロフィール

 

黒田勇樹さんは、1980年代から1990年代にかけて天才子役として活躍し、多くのドラマや映画で印象的な演技を披露してきました。

 

生年月日は1982年4月23日で、出身地は東京都世田谷区です。身長171cm、血液型はO型。

 

 

父親はバンドマンで、母親は児童劇団のマネージャーを務めていましたが、幼少期に両親は離婚し、母子家庭で育ちました。

 

学歴については詳細が公表されていませんが、中学校時代はバスケットボール部に所属し、スポーツに親しんでいました。

 

幼少期は1歳からモデルとして活動を始め、CMや雑誌に出演。5歳の頃に陣内孝則さんが出演する舞台「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」を観て演劇に興味を持ち、母親の友人のつながりで劇団ひまわりに入団しました。

 

学生時代は演劇と学業を両立し、子役として忙しい日々を送っていたようです。

 

 

子役時代について

 

黒田勇樹さんは、子役時代にその美貌と演技力で「絶世の美少年」と呼ばれ、注目を集めました。

 

デビューは1988年、NHK大河ドラマ「武田信玄」で信玄の孫・武田信勝役を務め、5歳頃の鮮烈なスタートでした。

 

1990年にはミュージカル「オリバー!」のオーディションで2792倍の倍率を突破し、8歳で帝国劇場史上最年少の主役に抜擢されました。

 

この頃から中性的な容姿が話題となり、性別を問わずファンを魅了。

 

9歳で坂東玉三郎さん主宰の塾「東京コンセルヴァトリー」の特別聴講生となり、演技を磨きました。

 

1994年のTBSドラマ「人間・失格~たとえばぼくが死んだら」では、いじめられっ子からいじめっ子に変わる複雑な役を演じ、最高視聴率28.9%を記録。演技がリアルすぎて、街で子供たちに怖がられたり、事務所にカミソリが送られてくるほどの反響がありました。

 

他にも「高速戦隊ターボレンジャー」や「ひとつ屋根の下2」に出演し、子役として多忙を極めました。

 

この時期、仕事が当たり前になり「がんばる」という感覚が薄れ、後の葛藤につながったようです。

 

若い頃について

 

若い頃の黒田勇樹さんは、子役から本格俳優へ移行し、数々の賞を受賞しました。

 

1998年、16歳で山田洋次監督の映画「学校III」に小島富美男役で出演。

 

日本アカデミー賞新人俳優賞、キネマ旬報新人男優賞、日本映画批評家大賞新人賞、全国映連賞男優賞を総なめにし、実力派として認められました。

 

しかし、当時の心境は複雑で、「1歳から仕事が当たり前で、がんばる感覚がわからなかった」と振り返っています。

 

周囲の努力が自分の成功のように感じられ、コンプレックスを抱えていたそうです。

 

2004年には「劇場版 仮面ライダー剣 MISSING ACE」で志村純一役を演じ、特撮ファンからも支持を集めました。

 

2008年、26歳で体調不良から舞台を3日前に降板し、バッシングを受けます。

 

ストレスが積もり、2010年、28歳で俳優業を引退。

 

「ハイパーメディアフリーター」と名乗り、居酒屋や引っ越し、コールセンターなどでアルバイト生活を送りました。

 

週刊誌に「天才子役の転落」と書かれましたが、本人は前向きで、「子役が辞めても楽しく生きられる」と証明したかったそうです。

 

この時期、執筆依頼が増え、ネット上で活動を広げました。

 

 

現在の活躍について

 

黒田勇樹さんは、現在も俳優として活躍しつつ、多角的な活動を展開しています。

 

2013年に映画監督として復帰し、2014年に俳優業を再開。小劇場を中心に舞台に出演し、脚本・演出も手掛けています。

 

 

2016年には監督作「恐怖!セミ男」がゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映され、クリエイターとしての才能を発揮。

 

2023年には映画「オカルト地蔵」や「いつくしみふかき」に出演し、存在感を示しました。

 

2024年以降も精力的に活動を続け、2025年には舞台「真京クエスト」の脚本・演出を手掛け、公演が好評を博しました。

 

2026年に入ってからも、三栄町LIVE×黒田勇樹プロデュースvol.21「豆知識男VSライフハックガール」の朗読劇を上演し、1月27日から公演を開始。

 

いしだ壱成さんや範田紗々さんらを起用した新作「絶対に愛してるとか言わない恋愛朗読劇」などの情報も解禁され、プロデュース業が活発です。

 

また、TOKYO HEADLINEで映画コラム「黒田勇樹のハイパーメディア鑑賞記」を連載し、2025年の映画を独断で振り返る「クロデミー賞」を発表するなど、批評家としても存在感を発揮しています。

 

私生活では、2024年7月に2度目の離婚を報告。住所不定の時期もあり、友人や親戚を頼りながら生活を立て直しています。

 

現在は映画監督、舞台制作・演出家として忙しく、仕事がない時は警備員のアルバイトで生計を立てています。

 

SNSでは近況を更新し、ファンとの交流を続けています。

 

現在の姿は、渋みを増したワイルドなスタイルが話題となり、「おっさんになる努力を…」と自虐的に語るなど、変化を楽しむ様子が見られます。

 

嫁と二度の離婚理由

 

黒田勇樹さんは、二度の結婚と離婚を経験しています。

 

1度目は2012年、元歌手の中村瑠衣さんと結婚しました。

 

中村さんは19歳年下で、年齢差でも注目を集めましたが、2013年に離婚。

 

理由は家庭内暴力(DV)の疑惑が浮上し、泥沼調停となりました。

 

お互いに未熟な部分があり、結婚生活を維持できなかったようです。

 

中村さんはその後、再婚し、2人の子供の母親となっています。

 

2度目は2020年、アイドルで女優の珠居ちづるさんと結婚。

 

 

出会いは2017年の舞台「こと~築地寿司物語~」での共演で、黒田さん主宰の劇団「令和反戦楽団」での活動が距離を縮めました。

 

妊娠8ヶ月で結婚を決め、無事に出産しましたが、2024年7月に離婚。

 

離婚理由は価値観の違いや生活のすれ違いで、托卵(夫以外の子を夫の子として育てる)の疑惑がネットで広がりましたが、黒田さんは「血がつながっていなくてもどうでもいい」と否定。

 

親権争いで「もめるだけもめた」とコメントされていますが、子供の幸せを優先したようです。

 

 

子供の本当の父親は?

 

黒田勇樹さんは、1度目の結婚では、中村瑠衣さんの連れ子がいましたが、黒田さんとの間に子供は生まれませんでした。

 

2度目の結婚で、2020年に男児が誕生。

 

妊娠が判明したタイミングが舞台稽古直前で、初日に婚姻届を提出し、千秋楽の2日後に出産というドラマチックなエピソードがあります。

 

黒田さんは里帰り出産の間も頻繁に会いに行き、寝かしつけが得意だったそうです。

 

離婚後、子供とは別居状態で、会えない日々が続いています。

 

「今会っても僕のことわからないのでは」と寂しさをにじませつつ、血のつながりを問わず父親として愛情を注いでいます。

 

托卵疑惑については、「自分の子でなくても親子」と明言し、子供の幸せを願っています。

 

DNA鑑定ができなかった点も離婚の背景にありましたが、「楽しく生きてほしい」と息子への思いを語っています。

 

出演CMについて

 

黒田勇樹さんは、子役時代から多くのCMに出演しています。

 

0歳でデビューし、安達祐実さんと共演したおむつや洗剤のCMが有名。

 

富士通のCMでは中性的な美貌が「男の子か女の子か」と話題になりました。

 

他にも、1990年代の子供服モデルや各種商品広告に登場。

 

1995年にはPokkaブルックボンド紅茶のCMに出演しています。

 

一時引退しましたが、2014年にオンラインゲーム「TERA」のテレビCMで6年ぶりに復帰し、子役のハナさんと共演。

 

ナレーションでは「1分で1万円稼いだ」と事務所から言われたエピソードもあり、子役時代のギャラの高さを明かしています。

 

今回はここまでです。
これからも、黒田勇樹さんの活躍を期待しています。
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