間瀬翔太は脳出血の病気だったの?結婚は?はうたの由来!昔や現在は?

俳優

もくじ

間瀬翔太さんのプロフィール

 

間瀬翔太さんは、1986年4月27日生まれの俳優、元アイドル、難病インフルエンサー、准看護師です。

 

血液型はA型、身長は164cm(自称168cm)です。

 

 

北海道夕張市出身ですが、幼少期から東京都世田谷区三軒茶屋周辺で育ちました。

 

世田谷区立池尻保育園、池尻小学校、池尻中学校を卒業しています。

 

中学校卒業後は高校に進学せず、中卒の状態で芸能界に入りました。

 

幼少期は活発で明るい性格でした。

 

小学校時代には図工の先生を「牛丼先生」と名付けるユーモアあふれるエピソードがあり、友達と元気に過ごす毎日を送っていたようです。

 

好きなテレビ番組は「金田一少年の事件簿」や「おはスタ」などで、好奇心旺盛な子供時代を過ごしました。

 

 

間瀬翔太脳出血の病気だったの?

 

間瀬翔太さんは2019年7月、33歳のときに10万人に1人の希少な先天性疾患「脳動静脈奇形」(AVM)を公表しました。

 

この病気は動脈と静脈が異常につながる血管奇形で、脳出血のリスクが高いものです。

 

発覚のきっかけはスタジオでのレコーディング中、突然の激しい頭痛でした。

 

 

金属のハンマーで叩かれるような痛みで、目の前が真っ白になるほどの衝撃でした。

 

最初は近所のクリニックや総合病院で風邪と診断されましたが、自分で強く検査を希望したことで脳出血が判明しました。

 

出血は左側頭葉で起こり、1〜2時間以内の迅速な対応が命を救いました。

 

7月20日に入院し、開頭手術を受け、8月18日に退院しました。

 

手術は成功しましたが、後遺症としててんかん、高次脳機能障害、記憶障害が残っています。

 

記憶が2〜3割失われ、「あれをやらなきゃ」と思っても別のことを考えると忘れてしまうことが頻発します。

 

頭の中が常に迷子になる感覚で、年々ひどくなっているそうです。

 

また、バス停で舌打ちが出てしまうなどの小さな症状もあり、見た目ではわからない障害の苦しさをブログやインタビューで語っています。

 

担当医からは、てんかん発作のたびに記憶を司る海馬が萎縮していると説明を受けています。

 

2026年3月8日深夜にも倒れて救急搬送される出来事がありました。

 

 

同居する看護学生の方々が発見し、病院へ運ばれました。

 

発作の前兆として「カキーン」という金属音が聞こえ、てんかん発作の可能性が高いと診断されました。

 

脳に新たな異常はなく、現在は心身ともに元気です。

 

本人もブログで「ご心配おかけしました」と報告し、周囲への感謝を伝えています。

 

間瀬翔太さんはこの経験を「死を間近に感じた」と振り返り、神様を恨んだ時期もありましたが、周囲の支えや母の日記をきっかけに闘病を綴り始めました。

 

成人では難病指定が受けられず医療費負担が重いため、署名活動も行いました。

 

現在は障害者手帳を持ち、難病の啓蒙活動を続けています。

 

2025年3月には准看護師の資格を取得しました。

 

中卒だったため高卒認定試験も受け、2年間の学校通学と猛勉強を経て合格しています。

 

数学や国語を小学生レベルからやり直すなど、リハビリと並行した努力が実を結びました。

 

救われる側から救う側へ、という思いで看護の道を選びました。

 

 

間瀬翔太さんの結婚は?

 

間瀬翔太さんは現在も結婚していません。

 

2020年のエイプリルフールに「結婚しました!」というジョークブログを投稿し、Yahoo!ニュースやスポーツ紙に取り上げられ話題になりましたが、実際の結婚ではありませんでした。

 

以降もエイプリルフールにジョークを投稿する恒例行事となっています。

 

一般女性との交際を匂わせる発言もありましたが、公表された結婚の事実はありません。

 

病気発覚後、理解してくれるパートナーを望む気持ちをブログで綴っていた時期もあります。

 

お互いを支え合う関係を大切にしたいという、まっすぐな考えが印象的です。

 

現在39歳となり、仕事や難病発信を中心に充実した日々を送っているようです。

 

 

はうたの由来!

 

「はうた」というニックネームは、病院での問診票に平仮名で「しょうた」と書いた際、字が汚くて「し」と「ょ」が合体し「は」に見えたことから生まれました。

 

受付で「ませ、はうたさ~ん!」と呼ばれたエピソードがきっかけです。

 

つらい時期のクスッと笑える出来事として、本人も気に入って使い続けています。

 

X(旧Twitter)やInstagram、ブログでも「はうた」を使っており、ファンに親しまれています。

 

昔や現在は?

 

昔の間瀬翔太さんは、17歳の2004年に代々木公園でストリートダンスをしているところをスカウトされ、2006年にアイドルユニット「BLIZZARD(ブリザド)」のメインボーカルとしてデビューしました。

 

グループ解散後は俳優に転身し、「龍が如く6」「愛なき森で叫べ」「新宿スワン」「妖ばなし」などの作品に出演しています。

 

特にホラー映画を中心に活躍し、2018年には新曲「Butterfly Effect」がドラマ「家政婦は見た!」のエンディングテーマに起用されました。

 

明るく前向きな性格で、芸能界を駆け抜けていました。

 

現在は、俳優活動を続けつつ、難病インフルエンサーとしてブログ「しょッこり しょうた」やInstagram、Xで日常や後遺症の様子を発信しています。

 

准看護師としての資格を活かし、救う側の立場を目指しています。

 

記憶障害やてんかんとの闘いは続いていますが、「生きてるだけで丸儲け」という言葉を胸に、1日1日を大切に生きる姿が多くの人に勇気を与えています。

 

病気を経てさらに強くなった間瀬翔太さんは、これからも俳優、看護師、発信者として活躍が期待されます。

 

今回はここまでです。
これからも、間瀬翔太さんの活躍を期待しています。
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