草笛光子宝塚出身?旦那や子ども・妹は?若い頃や現在年齢は?弔辞は中谷美紀が?岸恵子とは?
草笛光子さんプロフィール
草笛光子さんは、日本の映画・舞台・テレビで長年にわたり活躍を続ける大女優です。
プロフィールと幼少期・学生時代草笛光子さんは、1933年10月22日、神奈川県横浜市神奈川区に生まれました。
本名は栗田光子(出生姓は富田)で、2024年には90歳代となっています。
血液型はB型、身長158cmです。幼少期は戦時中の横浜で過ごしました。
父親は三菱重工のサラリーマンで、軍需工場勤務をしていました。
母親は戦後、父親の失職を機に洋裁学校に通い、自宅敷地内に洋裁店を開業して家計を支えました。
家は空襲で焼失したため、厳しい環境の中でも家族で支え合って暮らしていました。
小学校時代からバレエを習い始め、身体を動かすことが好きでした。
学歴は、横浜市立斎藤分国民学校を卒業後、横浜第一高等女学校(現在の神奈川県立横浜平沼高等学校)へ進学しました。
しかし、高等女学校時代は極度の人見知りで、人と一緒にいるのが苦手だったそうです。
満員電車が耐えられず、片道1時間を毎日歩いて登校し、それが体を丈夫にしたと言います。
部活動では創作ダンス部に所属し、そこで一学年上の岸恵子さんが一緒でした。
創作ダンス部が唯一の発散場所で、感じたことを体で表現するのが楽しかったそうです。
また、陸上や水泳も行っていました。高校は中退し、そして芸能界へ進みました。
草笛光子さんは宝塚出身?
草笛光子さんは宝塚歌劇団出身ではありません。
検索で「宝塚」が関連づけられることがありますが、これは誤りです。
芸能界入りは1950年、松竹歌劇団(SKD)に5期生として入団したのが始まりです。
友人に誘われてオーディションを受け、60倍の高倍率を突破しました。
当時は譜面も読めない状態でしたが、「10年に1人の大型新人」と評価され、努力を重ねてトップスターになりました。
淡路恵子さん、深草笙子さんと共に「スリーパールズ」を結成し、人気を博しました。
1953年に映画『純潔革命』でスクリーンデビューし、1954年に松竹歌劇団を退団。
以降、松竹大船、東宝などを経て女優として活躍しています。
日本ミュージカルのパイオニアとしても知られ、『シカゴ』や一人芝居『私はシャーリー・ヴァレンタイン』など数々の舞台に出演しました。
芸名「草笛」は、宝塚の女優から着想を得たものだそうです。
旦那や子ども・妹は?
草笛光子さんは1960年、作曲家で指揮者の芥川也寸志さんと結婚しました。
芥川也寸志さんは芥川龍之介の三男で、再婚でした。
しかし、結婚生活はわずか2年で、1962年に離婚しています。
離婚理由として、芥川也寸志さんの連れ子との不仲、仕事の忙しさによるすれ違いなどが伝えられています。
お二人の間にお子さんはおらず、草笛光子さんに子どもはいません。現在も独身です。
読み返したい記事|草笛光子さんにインタビュー。昭和の伝説作『犬神家の一族』梅子のモダンガールスタイルがかっこいい! 名女優に聞いた、映画衣装のこと https://t.co/hfe554goGN pic.twitter.com/tdTlY3O09j
— GINZA (@GINZA_magazine) May 7, 2025
家族については、妹の富田恵子さんが女優として活躍しています。
また、11歳年下の弟・富田直幹さんは占い師(気学師)をしています。
もう一人の妹は終戦後の疎開先で赤痢により他界されているそうです。
若い頃や現在年齢は?
草笛光子さんは、2026年10月現在には、93歳となります。
現在も変わらぬ美しさと、活動を続けています。
若い頃は、1958年から放送されたテレビ番組『光子の窓』で司会を務め、歌やコントを交えたバラエティで一躍人気者に。
清楚で華やかな貴婦人イメージが定着しました。
90歳・草笛光子、真矢ミキ&唐沢寿明の歌劇団風エスコートにご満悦😊?
役を演じた作家・佐藤愛子氏から手紙も✉️#草笛光子 #唐沢寿明 #真矢ミキ #藤間爽子 #LiLiCo #宮野真守 #木村カエラ #前田哲 #九十歳何がめでたい pic.twitter.com/BqSewSZ89w— オリコンニュース (@oricon) June 27, 2024
現在もパーソナルトレーナーの指導のもと、バランスボールや筋トレ、加圧トレーニングに励んでいます。
気持ちが落ち込んだ時ほど体を動かすよう自分を奮い立たせ、努力を積み重ねることで美しさと体力を維持しています。
年齢を重ねても挑戦を続ける姿勢は、多くの人に影響を与えています。
弔辞は中谷美紀さんが?岸恵子さんとは?
中谷美紀さんは、草笛光子さんを「お母さん」と呼び、深い絆で結ばれています。
2013年の舞台『ロスト・イン・ヨンカーズ』で親子役を演じて以来の関係です。
中谷美紀さんは、草笛光子さんの弔辞をすでに書いています。
これは、もともと演劇雑誌『悲劇喜劇』の草笛光子さん特集に寄稿したもので、ユーモアあふれる内容です。
例えば「たとえ人類が滅亡しても、ゴキブリとお母さんだけは生きてる」という一節があり、草笛光子さんの強さと愛らしさを象徴しています。
2021年の番組『ボクらの時代』で草笛光子さんがこのことを紹介し、話題になりました。
岸恵子さんとは、高校時代の先輩後輩です。
横浜第一高等女学校の創作ダンス部で一緒に活動し、当時から互いに刺激を与え合っていました。
岸恵子さんは一学年上で、草笛光子さんが人見知りだった頃の貴重なつながりでした。
草笛光子さんは、紫綬褒章(1999年)、旭日小綬章(2005年)を受章し、2024年には文化功労者に選ばれました。
90歳を超えても映画初主演を務めるなど、現役で輝き続けています。
今回はここまでです。
これからも、草笛光子さんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!
記事のポチっと拡散感謝です~(*´ω`*)


















ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません