上柳昌彦のあさぼらけ!元嫁や再婚相手は?子どもは?ガンなの?黒木瞳とは?若い頃は?
もくじ
上柳昌彦さんのプロフィール
上柳昌彦さんは、朝のラジオ番組『上柳昌彦 あさぼらけ!』のパーソナリティとして、長年リスナーの皆さんを元気づけ続けているフリーアナウンサーです。
1957年8月1日、大阪府大東市で生まれ、血液型はB型で、愛称は「うえちゃん」や「上様」と親しまれています。

父親の仕事の関係で幼少期は大阪を離れ、各地を転々とする生活を送りました。
中学2年生まで大阪に住んでいましたが、その後は家族で引っ越しを繰り返し、さまざまな環境で育ったそうです。
学歴は、東京都立新宿高校を卒業後、立教大学法学部に進学し、無事卒業しています。
大学時代は具体的な部活動や習い事のエピソードは公に語られていませんが、法律を学ぶ中で将来の道を模索していたようです。
1981年にニッポン放送のアナウンサーとして入社し、デビュー当時は『オールナイトニッポン月曜2部』からスタート。
音楽やバラエティ番組を次々と担当し、2017年に退社するまで約36年間、同局の顔として活躍しました。
現在はミックスゾーンに所属し、ラジオのほか、テレビ、映画、CMなど幅広い分野で活躍しています。
特に『あさぼらけ!』は月曜から金曜の早朝に放送され、毎日のルーティンとして多くの人々に支持されています。
元嫁や再婚相手は?
公の場では、過去の結婚歴について詳細に触れる機会は少なく、具体的な元妻のエピソードは見当たりませんでした。
入社当初の20代後半から30代にかけてのキャリアが忙しかったこともあり、プライベートを公にしないスタンスが続いているようです。
2017年の退社後、フリーとして活動を広げる中で、家族との時間を大切にしている様子が、ラジオのトークから伝わってきます。
再婚の経緯や相手の方の情報は少ないのですが、退社後の生活で家族と一緒に過ごす時間が、仕事の活力源になっているという話がみられました。
このような控えめな語り口が、上柳さんの魅力の一つと言えるでしょう。
上柳昌彦さんの子どもについて
上柳さんには、2人のお子さんがいらっしゃいます。長女は2001年生まれで、長男は2003年生まれです。
子どもたちとのエピソードとして、2025年のお盆休みに、家族4人でハワイ・ホノルルのワイキキを訪れたエピソードが見られました。
妻さん、社会人になった長女、大学4年生の長男を連れての旅行で、「これが最後の家族海外旅行かなぁ」と感慨深げに振り返っています。
朝7時のワイキキの景色を写真付きで紹介し、気温30℃の暑さの中でも家族の絆を感じる様子が伝わってきます。
また、番組のお便りテーマで「大人になったなぁ」と題して、リスナーの子どもや孫の成長話が寄せられる際、上柳さん自身も家族の成長を実感するエピソードを軽く織り交ぜていらっしゃいました。
こうしたさりげない共有が、ファンの皆さんから好感を持たれています
子どもたちのプライバシーを守りつつ、ポジティブなメッセージを発信する姿勢は、プロフェッショナルとして素晴らしいと思います。
ガンなの?
実は、上柳さんは過去に前立腺がんの手術を経験しています。
約5年前、定期健診で異常が見つかり、早期発見の末に摘出手術を受けました。
当時、ラジオで本人が軽やかに語ったところによると、痛みはそれほどなく、退院後はすぐに仕事に復帰できたそうです。
この経験を機に、健康管理の重要性をリスナーに伝えるコーナーを増やし、がん検診の啓発に努めています。
また、2022年には別の病気が発覚しました。激しい頭痛が続き、検査の結果、脳の下垂体に良性の腫瘍(下垂体腺腫)ができていました。
症状が悪化する前に手術を選択し、約2週間の入院生活を送りました。
手術は成功し、以降は後遺症もなく回復していますが、この出来事で「二度とあの頭痛はごめんです」とユーモアを交えて振り返っています。
さらに、家族の健康史としても、父親が末期の肺がんで亡くなられた過去があり、母親の介護経験も語られています。
母親は70代で突然の病気を患い、上柳さんが在宅介護をサポートしたそうです。
これらのエピソードから、上柳さんは病気を乗り越える中で、家族の絆や前向きなマインドを大切にしていることがわかります。
現在は定期的な通院を続け、スポーツジム通いや食生活の見直しで体調を維持しています。
ラジオパーソナリティとして早朝のスケジュールをこなしながら、健康を語る姿は、多くの人に勇気を与えています。
上柳昌彦さんと黒木瞳さんの関係について
黒木瞳さんは女優として長年活躍するベテランで、上柳さんとはラジオでの共演が主な接点です。
特に、2025年にはニッポン放送の『黒木瞳のあさナビ』に上柳さんがゲスト出演し、話題になりました。
普段はインタビューする側の上柳さんが、逆に黒木さんから質問攻めに遭うという逆転の展開で、互いのキャリアやプライベートなエピソードを楽しく語り合いました。
黒木さんは上柳さんのラジオ人生を「朝の活力源」と称賛し、上柳さんも黒木さんの舞台裏話に興味津々でした。
この共演は、両者の長年の放送業界でのつながりを象徴するもので、ニッポン放送の番組で何度か顔を合わせる機会があります。
例えば、ANNのスペシャルイベントや特別番組で共演した際も、息の合ったトークが好評でした。
黒木瞳さんの洗練されたトークスキルと、上柳さんの親しみやすいスタイルがマッチし、聴衆を魅了します。
プライベートでの深い友情というよりは、プロフェッショナル同士の敬意に基づく関係性で、互いに刺激を受け合っているようです。
上柳昌彦さんの若い頃は?
1981年のニッポン放送入社時、24歳の頃の写真を見ると、若々しくて渋い魅力が際立っています。
オールバックのヘアスタイルに、すっきりとしたスーツ姿で、笑顔が爽やかです。
当時のアナウンサーとしてデビューした姿は、現在の穏やかなイメージとは少し違い、野心的な輝きを感じさせます。
SNSでは、この若い頃の写真が「バリ渋イケメン」と話題になり、ファンの間でシェアされることがあります。
例えば、『オールナイトニッポン』の初期放送時のショットでは、マイクを握る真剣な表情が印象的で、音楽好きのルーツがうかがえます。
30代の頃になると、バラエティ番組での軽快な仕切りが加わり、髪型も少し柔らかく変化しています。
こうした画像を振り返ると、上柳さんのキャリアの変遷が一目瞭然で、40年以上にわたる放送人生の深さを物語っています。
上柳昌彦さんは、プロフィールから家族、健康、共演者とのエピソードまで、すべてがリスナーの日常に寄り添う存在です。
朝のラジオを通じて、これからも多くの人々に元気を発信し続けてくれるでしょう。
今回はここまでです。
これからも、上柳昌彦さんの活躍を期待しています。
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