横山剣の嫁と娘は?若い頃や現在は?下戸なの?いいねの由来は?サングラスの下の素顔は?

歌手・音楽家

もくじ

横山剣さんのプロフィール

 

横山剣さんは、1960年7月6日、神奈川県川崎市の聖マリアンナ病院で生まれました。

 

出身地は横浜市で、幼少期を本牧や日吉、横浜ドリームランド付近で過ごしました。

 

 

実父は茨城県出身で、テレビのタイトルテロップなどの美術仕事を手掛け、独立後はビジネスを展開するプレイボーイでした。

 

一方、母親は熊本県八代市出身です。幼い頃に両親が離婚し、母親の再婚で姓が「横山」になりました。

 

赤ん坊の頃は本郷町に住み、物心ついた頃に本牧へ移り住みました。

 

保育園時代は手に負えない問題児で、母親にドブ川で逆さ吊りにされたエピソードもあります。

 

実父の影響で、幼少期からジャズやボサノヴァに親しみ、5歳頃から音楽に興味を持ちました。

 

8歳の時にはザ・ゴールデン・カップスの音楽に触れ、影響を受けています。

 

9歳頃から独学で作曲を始め、小学校5年生の時には中古レコード屋の野外システムでマイクを握り、実演販売をするほど音楽にのめり込んでいました。

 

学歴は、横浜市立大正中学校を卒業後、堀越高校へ入学しましたが、中退しています。

 

中学時代にはチャリンコ暴走族「毒瓦斯」を結成し、音楽活動も開始しました。

 

将来音楽の道を目指し堀越高校を選びましたが、卒業しても業界とのつながりが薄いと感じ、2年生で中退。その後、定時制の高校へ通いましたが、卒業はしていません。

 

学生時代はバンド活動に熱中し、部活や習い事は音楽関連が中心でした。

 

16歳からは「横山火呂死(ヒロシ)」と名乗り、バイトをしながらデモテープを送ったりライブをしたりする長い下積み時代を過ごしました。

 

1981年にクールスRCのボーカルとしてデビューし、以降ダックテイルズ、ZAZOU、CK’Sを経て、1997年にクレイジーケンバンド(CKB)を結成。

 

2002年の「タイガー&ドラゴン」が大ヒットし、2005年の同名ドラマ主題歌でさらに知名度を上げました。

 

現在はCKBのリーダーとして、作曲家、プロデューサーとしても活躍。

 

ダブルジョイレコーズの代表取締役を務めています。

 

 

横山剣さんの嫁と娘は?

 

横山剣さんは結婚されており、プライベートをあまり公にしませんが、家族思いで知られています。

 

奥様は10歳年下の元ミス横浜で、美人で知的な方です。

 

「奥さんの料理が一番のごちそう」と語るほど、家庭を大切にしています。

 

子供は娘さんが2人います。

 

長女の琴子さんは1998年生まれで、幼い頃にNHKの教育番組「ピタゴラスイッチ」の「お父さんスイッチ」に横山剣さんと共演。

 

ら行のスイッチで、横山剣さんがラグビー選手の真似をしたり、寺尾聰さんの「ルビーの指輪」を歌ったりする姿に、琴子さんが笑ったりつまらなさそうにしたりするギャップが話題になりました。

 

また、琴子さんは馬術に才能を発揮し、2015年の「わかやま国民体育大会」で神奈川県代表として出場しています。

 

次女さんは2003年生まれで、2020年のインタビューでは17歳と紹介されていました。

 

横山剣さんは娘さんたちを大切に育て、東方神起のチャンミンが好きという共通の話題で盛り上がるなど、温かい父親像がうかがえます。

 

家族のエピソードは控えめですが、インタビューで「娘たちは上の子が22歳、下の子が17歳」と語ったことがあり、音楽活動の合間に家族時間を楽しんでいるようです。

 

 

横山剣さんの若い頃や現在は?

 

横山剣さんの若い頃は、音楽への情熱が強く、16歳からバンド活動を本格化させました。

 

クールスRC時代はボーカル兼作曲家としてデビューし、ソロのオファーもありましたが、バンドを選びました。

 

 

当時はサングラスをかけずに活動が多く、ロカビリー調のスタイルが印象的でした。

 

1980年代はクールスRCを脱退後、貿易会社で働きながら作曲を続け、ダックテイルズなどで活躍。20代後半から30代は下積みが長く、1997年にCKBを結成するまで地道に努力しました。

 

2002年の「タイガー&ドラゴン」ヒットで42歳でブレイクし、以降は作曲家として和田アキ子さんやSMAP、m-floなどに楽曲提供。

 

レーシングにも参戦し、遊びと仕事の境界がない生活を送っていました。

 

現在は60歳代半ばですが、年齢を感じさせない精力的な活動を続けています。

 

CKBとして年に1枚のペースでアルバムをリリースし、2024年の『火星』、2025年の『華麗』では新しい曲調を取り入れ、ツアーも全国30カ所で開催。

 

結成27年目を迎え、音楽ジャンルの壁を超えたコラボを展開しています。

 

隙間恐怖症で、音楽以外の時間もクルマのレースや趣味に充て、50台以上の愛車を乗り継ぐカー好きです。

 

「今やりたいことをすぐやる」という信念で、生涯現役を貫いています。

 

体力が若い頃より落ちた部分を認めつつ、経験がもたらす深みを活かした創作を続け、ファンにエネルギーを届けています。

 

 

横山剣さんは下戸なの?

 

横山剣さんは下戸でお酒を飲めません。

 

昔は人並みに飲めましたが、クールス時代にギタリストのジェームス藤木さんに「闇カクテル」を無理やり飲まされたのがトラウマになりました。

 

このカクテルはブーツに注がれた謎の飲み物で、内容は不明ですが、それ以来お酒を避けています。

 

アルコール度数の高いブランデーやウイスキーを飲んでいそうなイメージですが、意外にも下戸です。

 

好きな飲み物は北海道名産の「コアップガラナ」で、ライブ後の打ち上げでもこれを飲む姿が知られています。

 

2023年のイベントでは、下戸ながら雰囲気に飲まれてカルーアミルクを試したエピソードを明かし、笑いを誘いました。

 

お酒を飲まない分、創作意欲が持続しているのかもしれません。

 

横山剣さんのいいねの由来は?

 

横山剣さんの決め台詞「イイ~ネ!」は、ライブやトークで欠かせないフレーズです。

 

この由来は、母親の兄である叔父の口癖「いいねえ」にあります。

 

子供の頃、叔父の家に遊びに行くと、どんな場面でも「いいねえ」と言っていたそうです。

 

おばあちゃんのお葬式でも使われ、悲しい場面でもポジティブに聞こえたのが印象的でした。

 

横山剣さんは8歳頃から真似し始め、1960年代から使っています。

 

クールス時代は「いいねえ!」に近く、CKBでトーンが高くなり、ベースのメンバーの影響でポーズも加わりました。

 

Facebookの「いいねボタン」を押すと声が流れるアイデアも浮かんだほどです。

 

このフレーズは、叔父から受け継いだ明るさを象徴し、ファンに元気を与えています。

 

横山剣さんのサングラスの下の素顔は?

 

横山剣さんは現在、常にサングラスをかけており、素顔を公にすることは少ないです。

 

若い頃はサングラスをかけずに活動が多く、きれいな顔立ちでロカビリー感が強い印象でした。

 

クールスRCやダックテイルズ時代は、目鼻立ちが整った端正な顔が写真に残っています。

 

11歳の頃の写真では、すでに作曲家になる夢を抱く少年の素顔が見られます。

 

21歳の頃は前途洋々たる表情で、クールな雰囲気です。

 

サングラスをかけ始めたのは、ステージパフォーマーとしてスタイルを確立した頃からで、神秘性を高めています。

 

 

素顔は年齢を感じさせず、ダンディでセクシーなイメージを保っています。

 

インタビューではサングラス姿が定番ですが、幼少期のエピソードから想像する限り、明るく表情豊かな顔立ちです。

今回はここまでです。
これからも、横山剣さんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!

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