夏川りみの旦那と子供は?実家はスナック?年齢や身長は?涙そうそうの人間関係とは?
もくじ
夏川りみさんのプロフィール
夏川りみさんは、沖縄県石垣市出身の歌手です。
本名は玉木りみで、旧姓は兼久です。旧芸名は星美里でした。
1973年10月9日生まれで、ビクターミュージックアーツに所属しています。
1989年に星美里として演歌歌手でデビューしましたが、ヒットに恵まれず1996年に引退し、沖縄に戻りました。
1999年に夏川りみとして再デビューし、2001年に「涙そうそう」が大ヒットして注目を集めました。
以降、国内外でコンサートを行い、現在も活躍を続けています。
2025年にはデビュー25周年を記念したツアー「たびぐくる」を開催しています。
学歴は、石垣市立石垣第二中学校から東京都杉並区立阿佐ヶ谷中学校に転入し卒業しました。
高校は堀越高等学校を卒業しています。
幼少期は5人姉妹の3番目として育ちました。
父親は公務員でしたが、八重山民謡の名手でした。
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夏川りみ コラム
━━━━━━━━━━━━━━━━夏川りみは“歌”そのものを象徴する存在に 25周年を経て、ストイックかつ軽やかな活動で届ける驚きhttps://t.co/392dUaqvdt#夏川りみ #うた pic.twitter.com/eOBvJvPuhU
— Real Sound(リアルサウンド) (@realsoundjp) June 22, 2025
夏川りみさんは姉妹の中で一番歌が上手いと父親に見込まれ、幼い頃から毎日2時間のレッスンを受けていました。
小学校2年生から中学1年生までこの厳しい練習が続き、近隣の歌謡大会やのど自慢大会で数多く優勝しています。
9歳で石垣ケーブルテレビ主催のちびっこのど自慢大会で優勝し、以後全国大会で入賞を重ねました。
1984年には毎日放送の『素人名人会』で鳥羽一郎の「兄弟船」を歌い、名人賞を獲得しています。中学1年生の1986年には第10回長崎歌謡祭で史上最年少グランプリを受賞し、スカウトされて上京しました。
学生時代は部活や習い事の記録は残っていませんが、歌の練習と大会出場が主な活動でした。
演歌中心の指導を受けつつ、基礎を固めました。
三線、琉笛、三板を演奏しながら歌うスタイルも取り入れています。
2015年には左足首を骨折し、全治6週間でしたが、車いすでコンサートに出演しています。
夏川りみさんの旦那と子供は?
夏川りみさんは、2009年1月1日に結婚しました。
旦那となった方はパーカッショニストとして活躍の玉木正昭です。
TUBEのサポートメンバーとしても知られています。
出会いは2007年の夏川りみさんの全国ツアーに玉木正昭が参加したことです。
チームを明るく盛り上げ、一つにまとめる行動力に惹かれました。
また、互いにお酒が大好きという点でも意気投合しました。
プロポーズはツアー開催中に旦那の方からメールで送られてきましたが、内容は明かされていません。
結婚の挨拶で夏川りみさんの実家を訪れた際は、歌や踊りの大歓迎となりました。
子供についてですが、息子さんが一人います。
2010年8月20日に誕生しました。
息子さんの名前は「音来」と書いて「ニライ」と読みます。
「ニライカナイ」が由来で、沖縄では海のかなたにある理想郷という意味があります。
誕生時には「元気な童神が誕生しました。」と、沖縄感あふれるコメントしています。
息子は3歳の頃から音楽に興味を持ち、将来はドラマーになりたいそうです。
2021年に発売された夏川りみさんのアルバム「あかり」の1曲目「うたのうた」で、旦那と息子さんと家族でレコーディングに参加しています。
10代ですでに音楽家としてデビューしています。
2019年のツアーでは旦那がドラムで参加し、海外公演に9歳の息子も同行しました。
家族3人で全国ツアーに回るのもそう遠くはない話かもしれません。
実家はスナック?
夏川りみさんの実家は、沖縄県石垣市にあります。
母親とお姉さんが飲食店とスナックを営んでいます。
家族で計4店舗を経営しています。
スナックは「ニライカナイ」や「花あかり」などです。
「花あかり」は夏川りみさん全振りのお店で、妹のりえさんが話すところによると、夏川りみさんはだいたい3ヶ月に1回の頻度で実家に帰ってきます。
引退後の1996年には、那覇市の姉の飲食店を手伝っていました。
歌で客が増えたそうです。
2018年のテレビ番組「水曜日のダウンタウン」で、夏川りみさんの母・新盛和枝が紹介され、店内が夏川りみさんのアイテムで溢れている様子が放送されました。
帰省時はスナックの手伝いをすることが多く、お客さんがカラオケを歌うのを楽しんでいます。
繁華街・美崎町にあり、観光客で賑わっています。
お母さんとりみさんの姉妹が運営しています。
年齢や身長は?
夏川りみさんの年齢は、1973年生まれですので、現在50歳歳代となっています。
身長は150cmです。小柄ですが、歌声はパワフルですね。
澄んだ歌声で老若男女を魅了しています。
涙そうそうの人間関係とは?
夏川りみさんは、森山良子さんが歌う「涙そうそう」をカバーし、一躍大人気となりました。
夏川りみさんの人生を大きく変えた一曲です。
夏川りみさんは1989年に星美里として演歌歌手でデビューしましたが、鳴かず飛ばずの状態が続き、ふるさとへ帰りました。
1999年に芸名を夏川りみに変更し再び活動開始し、「夕映えにゆれて」と「花になる」(2000年)のシングル2枚を発売しました。
「花になる」は卒業ソングとしても歌われるようになり、じわじわ知名度を上げました。
同年行われた沖縄サミットで、BEGINが「涙そうそう」を歌っているテレビ中継をたまたま見ていた夏川りみさんは、自分も歌いたいと強く思いました。
しかし、当初はりみちゃんに別に曲を作るからと「あなたの風」という曲を作ってくれましたが、やはり歌いたいと懇願し、2001年に3枚目のシングルとして発売されました。
爆発的大ヒットとはなりませんでしたが、沖縄から火が付きじわじわとロングヒットし、2002年にNHK紅白歌合戦に出場しています。
出荷100万枚以上、116週連続チャートインしました。
2002年から2005年まで紅白で4回連続歌唱しています。
日本レコード大賞金賞も受賞しました。
「涙そうそう」はもともと、BEGINが森山良子さんにこの曲に詞を付けて欲しいと頼んだものです。
「なだそうそう」という意味をBEGINから教えてもらった森山良子さんは、23歳という若さで心臓の病気で亡くなった兄の事を想い、詞を書きました。
森山良子さんが歌い、BEGINがセルフカバーし、そして夏川りみさんもカバーすることで、若い世代にも歌われるようになりました。
一つの曲に多くの人の想いが込められて歌い継がれる曲となりました。
BEGINは沖縄県石垣島出身で夏川りみさんと同じく同郷です。
BEGINの演奏を見て魅了され、ライブ後に楽屋を訪問してカバー交渉しました。
「自分らしさ」が分かったと夏川りみさんは語っています。
2006年には映画「涙そうそう」の出演依頼がありましたが、「歌しかできない」と断りました。
曲は癒しの力で評され、胎教にも良いと評判です。
今回はここまでです。
これからも、夏川りみさんの活躍を期待しています。
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