金田勝年幹事長代理の迫力?元大蔵省?事務所や派閥は?学歴や嫁・子供は?

政治家・財界人・実業家

政治家として活躍の金田勝年氏。

 

自民党所属の衆議院議員です。

 

 

初めての選挙は、1995年に参議院議員として政界入りしています。

 

2007年に行われた参議院議員選挙で落選し、2009年に行われた衆議院選挙で比例で復活当選しました。

 

2016年法務大臣として初入閣されています。

 

 

金田勝年幹事長代理の迫力は?

 

金田勝年氏の名前を検索すると「迫力」という関連ワードが見られます。

 

個人的にはそれほど金田勝年氏の迫力を感じたことが思い出せないのですが、何かあったのでしょうか?

 

実際に「金田勝年 迫力」で検索してみましたが、「金田勝年氏の演説は迫力があるので聞いてみるといい。」という話ぐらいしか見つかりませんでした。

 

金田氏の演説聞いたことがないのですが、本当に迫力があると思う方がいらっしゃいましたらコメントくださいね!

 

 

元大蔵省?

 

大学卒業後は、大蔵省(現在の財務省)で勤務。

 

主計官補佐として、農林水産省の予算などを担い、当時は睡眠時間が4時間取れればよい方という激務だったそうです。

 

その後、国税局で勤務し、また大蔵省へ戻り、証券局証券取引審査室長、大蔵省主計局給与課長、大蔵省主計局主計官などを歴任しました。

 

大蔵省大臣でもあった渡辺美智雄氏や竹下登氏などから、政治家にならないか?と打診されたことが政治家となるきっかけとなったようです。

 

大蔵省に勤めることがなかったら、もしかすると政治家になっていなかったかもしれませんね。

 

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事務所や派閥は?

 

事務所は、秋田県に4つ、東京に1つあります。

 

秋田県内の事務所は、能代市、大館市、潟上市、そして秋田市内にあります。

 

派閥は、2019年の10月にそれまで所属していた竹下派を退会することを表明。

 

しばらく無派閥でいるというコメントを出されています。

 

学歴は?

 

学歴は、秋田高校を卒業後、一橋大学経済学部に入学、卒業されています。

 

本当は東大をめざしていたので、一浪しています。

 

上京し、千葉県にある駿台中山寮にて1年間猛勉強。

 

しかし、1969年は不運にも前年1968年に起こった学生運動の参加者が安田講堂を占拠する「東大紛争」が起きたことが原因で東大入試は中止となりました。

 

さらに実家の家計にも負担になると思い、浪人するわけにいかず一橋大学を選んだそうです。

 

大蔵省時代は多くが東大生の中でしたが、出身校関係なく金田氏は頭角を現し、重要なポストを任されるようになったそうです。

 

努力家なのですね。

 

 

嫁・子供は?

 

結婚前、奥様とデート中でも激務の疲れで居眠りをしていたという金田勝年氏。

 

理解のある奥様ですね。

 

二人の間には、息子が一人います。

 

息子に秘書など経験させてから自分の地盤を引き継がせるのでしょうか?

 

官僚をやめ、政治家を志した時には奥様も2か月ほど葛藤があったようです。

 

選挙に出る=当選するまである意味無職状態になるわけですから、ため息と涙を流す日々だったそうです。

 

しかし、その間、金田氏から奥様に「秋田に手伝いに来い」とは言われなかったそうで、奥様の意思を尊重し待っていました。

 

個人の家計としては旦那が政治家になったことでとりあえず、良かったといえますが、近年の自民党って本当に国民ファーストなのか、ちょっと疑問に思える空気感があると個人的に思います。

 

金田勝年氏もIR議連メンバーでしたが、献金など受け取っていないのかな?

 

今回はここまでです。
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