吉幾三の本名は?嫁と娘は?生い立ちは?年収や自宅は?年齢や病気は?

歌手・音楽家

演歌歌手として活躍の吉幾三さん。

 

自分が歌う曲は大方、自ら作詞・作曲されており、人に提供して曲も含めるとこれまで500曲以上作成されているそうです。

 

さらには演歌というジャンルとはかけ離れたイメージのラッパーとしても活躍されています。

 

 

CMにも数多く登場しており、その背後で流れている曲も吉幾三さん自身が歌っているCMが多いです。

 

トークも面白いので、若い方なら、歌も歌えるお笑いタレントと思っている方もいらっしゃるかもしれません。

 

吉幾三さんは、演歌歌手の大御所ですよ~(笑)。

 

 

 

吉幾三の本名は?

 

吉幾三さんの本名は、鎌田善人(かまたよしひと)さんといいます。

 

ちなみに旧芸名に「山岡英二」というものもあります。

 

山岡英二時代は、アイドル歌手として売り出され、「恋人は君ひとり」という曲が、大手農機具メーカーの「ヤンマーディーゼル」のCM曲として採用されました。

 

それから4年後の1977年に「吉幾三」と改名し、現在に至っています。

 

 

嫁との出会いや結婚式は?

 

吉幾三さんは、1975年ころに入籍・結婚されているようです。

 

入籍当初はお金がなかったことから、結婚10年目の1985年に子連れ結婚式を挙げたという記事が見られます。

 

お嫁さんとなった方は、一般の方。

 

二人の初めての出会いは、1973年の船の上でした。

 

小笠原にツアーで出向いた帰りの船の近くを台風が通っていたため、船が大きく揺れ、二人とも船酔いでデッキにでていたそうです。

 

気を紛らすために吉幾三さんは、ギターで即興の歌を作って歌っていたのを現在の奥様が聞いていました。

 

どちらかが一目ぼれしたのかはわかりませんが、当時吉幾三さんは都内のレコード店でアルバイトをしていたという話から、拠点は東京都にあったようです。

 

奥様は当時、仙台市の製薬会社に勤務していたそうで、遠距離恋愛でした。

 

現在のように携帯電話が普及していないので、手紙をやり取りしたり、吉幾三さんの義理の兄の自宅から長電話をしていたという話です(笑)。

 

結婚後も奥様は仕事を続け、生活を支えており、吉さんはヒモ状態だったそうです。

 

そして結婚式は、太宰治の元実家である金木町の「斜陽館」で行いました。

 

地元の人たちも参列し、ねぶた祭り並みの人が集まったそうです。

 

奥様がしっかり吉幾三さんの下積みを支えたことで、今の活躍があるのですね。

 

 

子供や孫は?

 

吉幾三さんの子供は3人。

 

娘が2人、息子が一人います。

 

10年遅れの結婚式を挙げた時には長女が8歳、次女が7歳、長男が4歳といいますから、現在子供たちの年齢は、すでに40歳代の前後の年齢になります。

 

長女は鎌田幾美さんで、現在「KU」という名前で歌手活動をされています。

 

 

次女の三美さんは、寿三美さんという名前で、舞台女優として活躍されています。

 

寿三美さんには、小学生の娘が二人いるという話ですので、吉幾三さんはすでにおじいちゃんだったのですね。

 

孫をとっても甘やかしちゃうそうで、時に娘に怒られちゃうこともあるそうです(笑)。

 

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生い立ちは?

 

吉幾三さんのの代表曲の一つである「俺ら東京さ行ぐだ」。

 

「テレビもねぇ、ラジオもねぇ、車もそれほど走ってねぇ~」という歌いだし。

 

その他の歌詞の内容も、ノンフィクション部分が多いというから驚きです。

 

吉幾三さんの生い立ちとしては、9人兄弟の末っ子として誕生。

 

父親は地元で有名な民謡歌手で、昭和天皇の前で民謡を歌う機会があったといいますから、全国的にも指折りの実力があったのではないでしょうか。

 

しかし、父親はお酒をたくさん飲み、あまり家にお金を入れなかったので、家には風呂もなく、もちろんテレビもなく、村一番貧乏だったと語られています。

 

4歳頃から父親の横で民謡を歌い、そこでおひねりをもらって生活費の足しにしていたそうです。

 

その他にも兄とともに牛乳などを配達して身銭を稼いでいました。

 

吉幾三さんの学歴は中学校までで、父親に「中卒で儲けられるのは泥棒か歌手だ」と言われて、歌手を志して15歳の頃、母親に買ってもらった3000円のギターをもって上京しました。

 

東京には姉が出稼ぎで寄宿舎で働いており、姉に呼ばれ食堂で歌うとおこづかいをもらえたそうです。

 

その後、作曲家の米山正夫氏に師事し、現在の活躍に至ります。

 

 

年収や自宅は?

 

結婚当初は極貧で、風呂なし・トイレ共同のアパートに住んでいました。

 

現在自宅は、都内と出身地である青森県北津軽郡金木町にあります。

 

青森にある自宅は、土地が約800坪、リビング35畳の6LDK、お風呂は湯船が4畳半という大豪邸。

 

地元では、「ホワイトハウス」と呼ばれ、名所となっています。

 

吉幾三さんは、東京と青森、そして地方と、1年間おおよそ3分の一ずつ過ごしているそうです。

 

そして年収ですが、10年ほど前、日本テレビ系列で放送のミヤネ屋にて推定年収ランキングの特集がありました。

 

その時のデータによりますと、吉幾三さんの年収は17億円といわれています。

 

メディア出演料や自身のCD売り上げやそしてカラオケなど印税、現在もかなりの年収があるのでしょうね。

 

→次ページ 年齢や病気は? についてです。