美輪明宏はハーフ?若い頃や現在は病気?Youtubeは本物?三島由紀夫とは?待受けや5円玉で?

俳優,歌手・音楽家

もくじ

美輪明宏さんのプロフィール

 

美輪明宏さんは、1935年5月15日生まれの長崎県長崎市出身です。

 

現在90歳を超え、歌手、俳優、演出家、執筆家として多岐にわたり活躍されています。

 

 

本名は丸山明宏さんで、幼名は臣吾さんです。

 

実家は長崎の丸山遊郭近くでカフェー「世界」を営む裕福な家庭でした。

 

父親はカフェーを金融業に転業させましたが、戦争の影響で生活は一変します。

 

2歳で実母を亡くされ、後妻に育てられますが、その後妻も他界し、さらに戦時中に次の後妻も失踪するなど、幼少期は波乱に満ちていました。

 

小学校時代は声楽を習い始め、学級委員長を務めました。

 

男子校の海星中学校では演劇祭で女役を演じ、男子生徒から告白されるエピソードもあります。

 

中学3年生の頃に結核を患い生死の境を彷徨いますが、奇跡的に回復されました。

 

オペラ歌手やシャンソン歌手を目指し、国立音楽大学付属高校へ進学します。

 

しかし、帰省時に親戚への父親の対応に腹を立て大喧嘩となり、学費の仕送りが止まり絶縁状態に。

 

やむなく高校を中退し、東京で進駐軍のキャンプなどを回って歌で生計を立てました。

 

1951年、16歳で歌手デビューを果たします。

 

その後、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」で働き、多くの著名人と出会いました。

 

1957年の「メケメケ」が大ヒットし、1964年頃の自作曲「ヨイトマケの唄」も人気を博します。

 

1971年に丸山明宏から美輪明宏さんに改名されました。

 

これはお経をあげている最中に「美輪」の文字が浮かび、姓名判断で極めて良い画数だったためです。

 

現在もコンサート、舞台、講演、著作と精力的に活動を続け、2012年にはNHK紅白歌合戦に初出場するなど、伝説的な存在です。

 

 

美輪明宏さんはハーフ?

 

美輪明宏さんの美しい容姿から「ハーフなのでは?」と尋ねられることがあります。

 

しかし、ご両親は日本人で、祖父母も日本人です。ハーフではありません。

 

長崎という国際色豊かな街で育ったため、さまざまな人種の方々と触れ合う機会が多く、幼少期から人種差別を感じることなく過ごされました。

 

母方の家系が天草地方出身で、昔ポルトガル人などの影響があったという噂はありますが、美輪明宏さんご自身は「噂に過ぎない」とおっしゃっています。

 

純粋な日本人として、独自の美しさと気品を保ち続けていらっしゃいます。

 

 

若い頃や現在は病気?

 

若い頃の美輪明宏さんは、中学3年生で結核を患われました。

 

生死の境を彷徨う重い病でしたが、見事に回復されています。

 

 

また、長崎原爆被爆者として10歳の時に被爆し、原爆症の症状にも長く悩まされました。

 

吐血などの体調不良を抱えながらも、歌手活動を続けられました。

 

 

40代前半には慢性気管支炎が悪化し、「3カ月の命かもしれない」と医師から告げられた時期もありましたが、不死鳥のように復活を遂げてきました。

 

現在も90歳を超えるご高齢ながら、2019年に軽い脳梗塞を患われました。

 

 

自宅でスタッフと話している最中、言葉がもつれたため病院へ。

 

幸い軽症で大きな後遺症はなく、2カ月ほどで仕事復帰されました。

 

ただし、極度の閉所恐怖症のためMRI検査が苦痛だったそうです。

 

年齢による体力の衰えを感じつつも、最近は仕事のペースを調整しながら、講演やラジオ、舞台などで活躍を続けていらっしゃいます。

 

美輪明宏さんは「私は不死身です」と笑顔で語られ、病を乗り越える強靭な精神力をお持ちです。

 

 

YouTubeは本物?

 

美輪明宏さんの教えやお話がYouTubeで多くアップされていますが、公式のものは存在しません。

 

美輪明宏さんの公式情報発信は、ご自身の公式サイトと公式携帯サイト「美輪明宏 麗人だより」のみです。

 

YouTubeやTwitterなどのSNSは一切行われていないと、公式サイトで明確に注意喚起されています。

 

動画は美輪明宏さんの過去の発言を編集したものや、声優・AI生成の疑いがあるものがほとんどで、本物ではありません。

 

なりすましや誤情報にご注意ください。

 

真のメッセージは公式ルートでお確かめになるのが安心です。

 

三島由紀夫さんとは?

 

三島由紀夫さんとは、美輪明宏さんが16歳の頃、国立音楽大学付属高校在学中に銀座のクラブ「ブランスウィック」でボーイとして働いていた時に初めて出会いました。

 

三島由紀夫さんは当時売り出し中の新人作家で、出版社の方と一緒に来店されたそうです。

 

その後、美輪明宏さんが「銀巴里」の専属歌手になると、三島由紀夫さんは評判を聞きつけ、足しげく通ってくださいました。

 

三島由紀夫さんは美輪明宏さんの美しさを「天上界の美」と絶賛し、舞台『黒蜥蜴』への主演を熱望されました。

 

実際に公演は大絶賛を受け、映画化もされ世界的ヒットとなりました。

 

二人は10歳差で、互いに尊敬し合う関係でした。三島由紀夫さんは「君の欠点は、俺に惚れないことだ」とおっしゃったそうです。

 

美輪明宏さんは「尊敬する方は恋愛対象になりません。

 

私はかわいそうな人が好きなんです」と返され、二人は笑い合いました。

 

三島由紀夫さんの自決の1週間前には、薔薇の花束(諸説で100本や300本)を贈られたエピソードもあります。

 

生涯にわたり、深い絆で結ばれていました。

 

待受けや5円玉で?

 

美輪明宏さんの教えに「ご縁玉」として5円玉を大切にする方法があります。

 

5円玉を丁寧に磨き、清潔な白い陶器の器に入れて、玄関の少し高い場所(下駄箱の上など)にそっと置きます。

 

西側が理想的ですが、真正面を避け、感謝の気持ちを込めて。

 

5円玉は「木・火・土・金・水」の五行が揃った小さな宇宙で、丁寧に扱うことで金運や良いご縁が静かに巡るとおっしゃいます。

 

雑に扱わず、「どうぞここでお休みください」と心を込めるのがポイントです。

 

また、スマホの待受け(待ち受け画像)として美輪明宏さんの写真を設定するのも人気です。

 

特に黄色や金色の衣装の画像は金運アップ、ピンクは恋愛運、紫は健康運など、色によって効果が変わると台湾を中心にブームになりました。

 

若い頃のモノクロ写真は全体運を整えると言われています。

 

美輪明宏さんの公式待受けも携帯サイトで提供されており、日常に取り入れるだけで心が豊かになるそうです。

 

これらは美輪明宏さんの長年の人生哲学から生まれた、シンプルで実践しやすい開運法です。

 

美輪明宏さんは波乱万丈の人生を歩まれながらも、常に前向きに「正負の法則」を説かれています。

 

苦しい時こそルンルンと歌い、愛と美を大切に生きる姿勢は、多くの人に勇気を与え続けています。

 

これからもその麗人ぶりに、わたしたちは魅了され続けることでしょう。

 

今回はここまでです。
これからも、さんの活躍を期待しています。
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