岩下志麻旦那とのなれそめは?子供は娘・息子?現在と若い頃は?病気で入院?年齢や本名は?いつも着物?
もくじ
岩下志麻さんのプロフィール
岩下志麻さんは、日本の映画界を代表する女優の一人です。
1941年1月3日、東京都中央区銀座で生まれました。

父親は新劇の俳優「野々村潔」さん、母親が「山岸美代子」さん。
そして伯母は劇団「前進座」の代表である河原崎長十郎さんの奥さまという演劇家系なのだそうです。
幼少期は吉祥寺で育ち、内気な性格で知られる少女時代を過ごしました。
偏食が激しく、肉や魚を嫌い、野菜中心の食生活を送っていたそうです。
小学校は武蔵野市立第三小学校、中学校は武蔵野市立第三中学校に通いました。
中学時代には新聞部と家庭科部に所属し、文章を書く楽しさや手作りの喜びを知りました。
高校は東京都立武蔵高等学校から明星学園高等学校へ編入し、成績は常に学年トップクラスでした。
子供の頃から演劇を見る機会も多かったようですが、将来の夢は精神科医になること。
人の心を癒す仕事に憧れ、勉強に励んでいました。
しかし、高校2年生の時に小児リウマチ熱という原因不明の病気を患い、長期入院を余儀なくされました。
一時は死を覚悟するほどの苦しみを味わいましたが、回復後は休学し、進路を再考。
結局、医学の道を断念し、成城大学文芸学部に入学します。
大学では文学に触れましたが、2年で中退。
1958年にNHKのテレビドラマ『バス通り裏』でデビューし、松竹映画の専属女優として本格的に女優の道を歩み始めました。
以降、木下恵介監督の『笛吹川』で映画デビューを果たし、清純なイメージで多くのファンを魅了しました。
岩下志麻旦那とのなれそめは?
岩下志麻さんの夫は、著名な映画監督の篠田正浩さんです。
二人は1966年、岩下志麻さんが25歳の頃結婚し、58年にわたる夫婦生活を送りました。
出会いは岩下さんが19歳の頃、1960年代初頭の映画「乾いた湖」の現場でした。
当時、篠田さんは助監督として活躍しており、岩下さんは松竹の若手女優として忙しい日々を送っていました。
それから2年後の1962年、カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞した映画「切腹」で、岩下さんの方から結婚を意識したようです。
決定的なきっかけとなったのは、1964年の映画『暗殺』の撮影です。
篠田さんが監督を務めたこの作品で、岩下さんは重要な役を演じました。
京都でのロケ中、二人は自然と親しくなり、初デートを重ねました。
撮影の打ち上げで訪れたナイトクラブが、二人の運命を変えました。
ダンスフロアでマンボを踊る篠田さんの姿に、岩下さんは強く惹かれました。
この人だと直感し、思わず「私監督と結婚するかも。」と、告白。
篠田さんも岩下さんの純粋さと才能に心を奪われ、交際が始まりました。
結婚前の2年間ほど、同棲生活をしています。
同棲中に打ち合わせにと、俳優の三國連太郎さんが自宅へ来たことがあり、その時は出演者の一人のふりをして打ち合わせに参加していたそう。
しかし、バスルームにシャワーキャップがあるのを三國連太郎さんにみつかり、「監督は女性と暮らしている。」とささやかれ、「自分の物です」とも言えず焦ったそうです。
結婚の話となった頃に「なんであの時言ってくれなかったの?」と言われたそうです。
結婚の話が進むと、松竹側から猛反対を受けました。
看板女優の岩下さんが監督と結婚すれば、会社にとって大きな損失だと。
にもかかわらず、二人は愛を貫き、1966年に結婚に至りました。
篠田さんは岩下さんの女優業を尊重し、結婚にあたり「岩下志麻という女優を嫁にもらったんだから、家事は一切しなくていい」といわれたそうです。
監督を務めているだけあって、女優として輝き続けさせるための配慮なのでしょう。
しかし、岩下さんはすべてを家政婦さんに任せることなく、献立を考えることもあったという事です。
お互いを思いやりながら暮らしてきた二人、素敵に年を重ねていますね。
結婚後、篠田さんの作品に多く出演し、夫婦で映画の世界を追いかけるパートナーとなりました。
2025年3月25日、篠田さんが肺炎で逝去された今も、岩下さんは「あの出会いが私の人生の転機だった」と振り返ります。
二人は仕事の合間を縫って旅行を楽しみ、互いの創作を励まし合う、理想的な夫婦像でした。
子供は娘・息子?
岩下志麻さんには、一人娘がいます。息子はいません。
娘さんは1973年、岩下さんが32歳の時に生まれました。待望の長女として、夫婦の愛情を一身に受け育てられました。
岩下さんは当時、女優業の最盛期にありましたが、出産を機に一時休業を検討しました。
しかし、篠田さんの励ましもあり、仕事と子育てを両立。
娘さんは幼い頃から母親の撮影現場に連れていかれ、映画の世界に親しみました。
教育熱心な両親のもと、優秀な成績を収め、大学に進学しました。
現在は結婚し、二人の子を育てています。
孫たちの存在が、岩下さんの日常を明るく照らしています。
岩下さんは娘さんとの関係を大切にし、撮影後の疲れた体で家に帰ると、娘さんを抱きしめて「愛してるよ」と囁いたそうです。
娘さんが小さい頃、仕事の忙しさから十分に構えられなかった後悔もありましたが、今では毎年家族旅行を欠かさず、絆を深めています。
娘さんの家庭は穏やかで、岩下さんも時折、手料理を振る舞い、祖母としての喜びを味わっています。
こうした家族の温かさが、岩下さんの女優人生を支えてきたのです。
現在と若い頃は?
岩下志麻さんの若い頃は、清純派の象徴として輝いていました。
デビュー当時の1950年代後半、細身の体躯と透明感あふれる表情で、観客を魅了。
1963年の小津安二郎監督遺作『秋刀魚の味』では、ヒロインとして日本映画の頂点を極めました。
穏やかで上品な役柄が多く、銀座生まれの気品が自然と滲み出ていました。
しかし、1964年の『五弁の椿』で一転、妖艶な役を演じ、脱・清純派のイメージを確立。
以降、深みのある演技で幅広い役をこなしました。
1970年代には『極道の妻たち』シリーズで、着物姿の強い女性像を体現し、昭和のアイコンとなりました。
一方、現在80歳代となった岩下さんは、変わらずの美しさで活躍中です。
長年、化粧品メナードのCMに出演し、年齢を重ねた女性の魅力を表現。
夫・篠田さんの逝去という悲しみを抱えつつ、舞台やドラマに意欲的に取り組み、若い世代からも支持を集めています。
最近のインタビューでは、「老いは怖くない。自然体でいることが大事」と語り、毎日の散歩や読書で心身を整えています。
若い頃の凛とした美貌は今も健在で、ファンからは「永遠の美人」と称賛されます。
病気で入院?
岩下志麻さんは、これまでいくつかの病気を経験し、入院を伴うこともありました。
学生時代、高校2年生の時に発症した小児リウマチ熱は、特に深刻でした。
原因不明の高熱と関節痛に苦しみ、数ヶ月にわたる長期入院を強いられました。
一時は命の危機を感じ、家族も心配の連続。退院後も体力が回復せず、休学を余儀なくされました。
この経験が、精神科医への夢を断念させるきっかけとなりましたが、逆に人の痛みを理解する優しさを育てました。
大人になってからは、持病の胆石が主な悩みです。
2015年12月、10年ぶりに激しい痛みが再発し、緊急入院。
胆嚢炎の恐れもあり、検査を受けましたが、胆石によるもので2~3日で退院できました。
試写会を欠席するハプニングもありましたが、すぐに復帰。
岩下さんは「痛みは一時的。仕事が待っている」と前向きに捉えました。
最近では、2025年3月の夫・篠田さんの入院時に付き添っていました。
篠田さんは大腿骨骨折から肺炎へ悪化しましたが、岩下さんが一時帰宅した隙に息を引き取りました。
自身も体調を崩しがちですが、定期的な健康診断を欠かさず、孫たちの笑顔が活力源だそうです。
年齢や本名は?
岩下志麻さんの本名は篠田志麻(しのだ しま)です。
結婚前の旧姓が岩下志麻で、芸名としても使用しています。
生年月日は1941年1月3日。2025年現在、80歳代半ばを迎えました。
山羊座、A型で、身長は165cm。銀座生まれの気品ある容姿は、年齢を感じさせません。
本名が篠田志麻である理由は、結婚相手の篠田正浩さんの姓をそのまま受け継いだためです。
女優としてデビューした頃から、岩下の名で親しまれましたが、プライベートでは篠田家の一員として穏やかな生活を送りました。
年齢を重ねても、長年CMやインタビューで活躍する姿は、努力の賜物です。
毎日のスキンケアや軽い運動を習慣とし、「年齢は数字。心が若いことが大事」と語ります。
いつも着物?
岩下志麻さんは、着物姿がトレードマークです。
若い頃から和服を愛し、公の場ではほぼ常に着物を纏います。
70歳の時に発売した初の着物写真集『岩下志麻のきもの語り』では、自身でデザインした作品を披露。
秋をイメージした艶やかな小紋や、京友禅の優美な柄が、彼女の美しさを引き立てました。
「着物は最高の衣装。着ると背筋が伸び、日本人らしさを感じる」との言葉通り、日常でも着用。
2011年の写真集発売イベントでは、帯の結び方や小物の選び方を自ら解説し、ファンを魅了。
着物のデザインを手がけるほど情熱的で、時には孫たちに着付けを教えることも。
夫・篠田さんとのデートでも、着物を選んで出かけました。
いつも着物というスタイルは、昭和の女優像を体現し、今も多くの女性の憧れです。
岩下さんの着物は、単なる衣装ではなく、人生の哲学を映す鏡のような存在です。
今回はここまでです。
これからも、岩下志麻さんの活躍を期待しています。
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