長島昭久のツイッターは?経歴や事務所は?娘は?民主党離党理由は?

2022年4月13日政治家・財界人・実業家

政治家として活躍の長島昭久氏。

 

1962年生まれで出身地は神奈川県横浜市生まれ。

 

 

学歴は幼稚舎から大学まで慶應義塾です。

 

大学は慶應義塾大学法学部法律学科及び政治学科を卒業し、さらに慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了されています。

 

うわっ、長島昭久氏も世襲?庶民の気持ちを知る由もないお坊ちゃま?と思いきや、父親はホテル業界で勤めていた普通のサラリーマン家庭だったといいます。

 

父親の考えで幼い頃から長島昭久氏が世界に出ても通用する人間になるようにと思い育てたのでしょう。

 

長島昭久氏自身は、周囲と生活の格差を感じながら育ったといいます。

 

大学卒業後の経歴・職歴は後程の項目でお伝えしますね。

 

 

 

 

もくじ

長島昭久のツイッターは?

 

長島昭久氏は、ツイッターをされています。

 

ツイッターの名前は「Akihisa NAGASHIMA, MP」、アカウントは「@nagashima21」です。

 

名前の最後の「MP」は「Member of Parliament」の略でしょうか?

 

直訳すると、「議会に席のある人」という意味で、要するに自分は国会議員であるといっているのでしょう。

 

フォロワーは5.2万人もいます…。

 

次の選挙も安泰なのかな…!?

 

 

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経歴や事務所は?

 

先ほどの学歴の話に続き、職歴・経歴についてです。

 

大学院在学中の1990年から石原伸晃氏の公設第1秘書となり、3年間勤務されました。

 

 

秘書として活躍の傍ら、東京文化短期大学にて憲法学を教えていたそう。

 

秘書からそのまま政治家となる道もあったのかもしれませんが、政界に入る前に世界を見たいとおもったのでしょうか、1997年に渡米しています。

 

2000年に帰国し、民主党公認で選挙に出馬しますが、落選。

 

初当選となったのは、2003年に行われた「第43回衆議院議員総選挙」。

 

国会議員としての活躍の傍ら、慶應義塾大学大学院法学研究科で非常勤講師を務めたり、中央大学大学院公共政策研究科で客員教授となっています。

 

秘書時代も傍らで教鞭をとっていましたが、国会議員となっても副業ってできるんですね。

 

2017年の新聞記事では「大学の客員教授や理事などを務めている国会議員は少なくとも42人」という見出しがありました。

 

国会議員に教鞭をとってもらうことは学校側と「WIN-WIN」の関係なんだそうで、問題となったのが2017年の加計学園獣医学部新設の際、政府からの手回しがあったのでは?という疑惑が起こりました。

 

萩生田光一氏は落選中に「加計学園」が運営の千葉科学大の客員教授をつとめ、報酬を得ていました。

 

その後、文科省が獣医学部の新設を長年止めていましたが、加計学園に認可が下りたのです。

 

獣医学部新設を望んでいた他大学も存在していたのに、その決定は不透明なものでした。

 

国会議員が副業をしていると思うと、なんだか、権力と金にまみれた悪徳な印象を感じます。

 

国会議員も一般的な公務員のように副業に規制をかけるべきではないでしょうか?

 

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娘は?

 

長島昭久氏には、が二人います。

 

 

長女は2010年に高校一年生なので、この時15歳か16歳。

 

1994年4月から1995年3月の間に、第一子が誕生しているのですね。

 

 

次女は2010年に小学校5年生なので、この時10歳か11歳。

 

1999年4月から2000年3月の間に誕生しています。

 

下のお子さんもすでに成人されたようですね。

 

 

民主党離党理由は?

 

初当選時は民主党推薦で出馬されていた長島昭久さん。

 

現在は自民党所属となっています。

 

なぜ、鞍替えとなったのでしょうか?

 

 

長島昭久氏の公式ブログに以下のような記載がありました。

 

自衛隊も日米安保も天皇制をも否定する共産党との選挙協力を公然と進め、衆参両院における憲法審査会の開催を阻み続け、国民の権利ともいうべき憲法論議の機会すら奪って顧みることのない今日の野党勢力の在り様は二大政党には程遠く、もはや私の政治信条とは相容れないものとなってしまいました。

(長島昭久氏のブログ「跳ぶが如く」より)

 

その後、小池百合子氏率いる「希望の党」の結党メンバーでしたが、希望の党が民主党の後継政党の「民進党」と合併して作る新党「国民民主党」となることを受け、本意ではないとして離脱。

 

その後無所属状態となりましたが、やはり大きな政党に入らないと、自分の意思も政治に反映されないと考え、自民党に入党されたようです。

 

与党として国民目線の政治を執り行って欲しいものですね。

今回はここまでです。
これからも、長島昭久が国民のためになる活躍をしてくれることを期待しています。
次の記事もおたのしみに!

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