井上和香の旦那飯塚健の年収は?子どもや母親は?病気で入院?若い頃や現在は?写真集は?

タレント・モデル,女優

もくじ

井上和香さんのプロフィール

 

女優、タレントとして活躍の井上和香さん。

 

東京都出身で、1980年5月13日生まれの身長166cmです。

 

 

インセント所属で、愛称は「ワカパイ」や「和香ちゃん」として親しまれました。

 

井上和香さんは日出女子学園高等学校(現・目黒日本大学中学校・高等学校)を卒業しています。

 

幼少期については、食卓に毎日中トロが並ぶような家庭環境で育ったと本人が語っており、「正直食べ飽きた」とのエピソードもあります。

 

小学校6年生の頃には、金メダリストの岩崎恭子さんに憧れて水泳を始め、学生時代は平泳ぎが得意でした。

 

グラビアアイドルとしてデビュー後は、豊かなバストを活かした魅力で人気を集め、女優・タレントとして幅広く活躍しています。

 

 

旦那飯塚健さんの年収は?

 

井上和香さんの夫は、映画監督の飯塚健さんです。

 

飯塚健さんは1979年1月10日生まれ、群馬県渋川市出身で、2003年に映画『Summer Nude サマーヌード』で監督デビューを果たしました。

 

当時22歳で撮影、24歳で公開という若さでのスタートでした。

 

飯塚健さんの主な仕事は映画監督・脚本家としてで、代表作に『荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE』(2012年)、『虹色デイズ』(2018年)、『ある閉ざされた雪の山荘で』(2024年)、『宇宙人のあいつ』(2023年)、『野球部に花束を』(2022年)、『FUNNY BUNNY』(2021年)、『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』(2021年)などがあります。

 

ドラマ版『荒川アンダー ザ ブリッジ』や『REPLAY&DESTROY』なども手がけ、舞台演出やミュージックビデオの監督、脚本・編集、小説執筆など多岐にわたるクリエイティブ活動を行っています。

 

また、クリエイティブユニット「時速246」の一員として舞台作品にも携わっています。

 

2023年には出身地の渋川市から「日本のまんなか しぶかわ応援大使」に委嘱されるなど、地元とのつながりも大切にしています。

 

飯塚健さんの具体的な年収については、公表された情報はありません。

 

映画監督の収入は作品の規模、興行収入、脚本料や演出料などによって大きく変動するため、一般的な推定が難しい職業です。

 

複数の映画やドラマをコンスタントに手がけていることから、安定した活動を続けていると言えます。

 

井上和香さんと飯塚健さんの出会いは、飯塚健さんが監督を務めた2012年公開の映画『荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE』での共演でした。

 

2012年5月13日に結婚を発表し、入籍しています。

 

 

結婚報告のブログでは、井上和香さんが「この人と一緒にいたら、絶対楽しい毎日が待ってる!」と心境を綴っています。

 

 

子どもや母親は?

 

井上和香さんと飯塚健さんの間には、2人のお子さんがいます。

 

第1子は2015年7月に誕生した長女で、第2子は2024年7月に誕生した長男です。

 

井上和香さんは第2子妊娠を2024年3月に報告し、44歳での出産について「不安はありますが、無事に元気に生まれてきてくれることを家族で願いながら」とInstagramでコメントしていました。

 

家族の様子は、Instagramで時折公開されています。

 

 

長女の七五三や家族旅行、ニューボーンフォト、長男の成長記録など、温かな日常が垣間見えます。

 

着物姿の長女の写真では、祖母が残した生地を父親が仕立てたエピソードも紹介され、家族の絆を感じさせる内容となっています。

 

飯塚健さんは妊婦体験をしたり、家族の時間を大切にする姿が報じられるなど、子育てに積極的な夫婦として知られています。

 

井上和香さんの母親は、元女優の嵯峨京子さんです。

 

嵯峨京子さんは1941年1月13日生まれ、京都府出身で、本名は新村範子さんです。

 

2014年8月11日、すい臓がんのため73歳で亡くなりました。

 

井上和香さんは、母親の女優時代の話を聞きながら育ち、自身も芸能界を目指すきっかけの一つになったとされています。

 

嵯峨京子さんは19歳の頃、大映ニューフェースとして芸能界にデビューしました。

 

当時は映画業界で注目される新人としてスタートし、主に時代劇を中心に活動していました。

 

特に印象深いのは、1970年に放送された『日本怪談劇場』の「四谷怪談 稲妻の巻・水草の巻」で演じたお岩さん役です。

 

この役では、毒で苦しみながら夫を呪う鬼気迫る演技が視聴者の心を捉え、嵯峨京子さんの代表作の一つとして今も語り継がれています。

 

嵯峨京子さんの芸能活動は、35歳頃まで続き、結婚を機に芸能界を引退し、夫である新村義寛さん(2019年逝去)と一緒に東京都内で割烹料理店「笹よし」を営みました。

 

引退後は美人女将として店を切り盛りし、女優時代のエピソードを客に語るなど、温かく親しみやすい人物として知られていました。

 

実家は渋谷区幡ヶ谷にあり、往年のスターたちが訪れることもあったそうです。

 

井上和香さんの幼少期の食卓が豪華だったエピソードは、この料理店での生活が背景にあると言えます。

 

井上和香さんは、母親の女優時代に憧れを抱き、自身もグラビアアイドルから女優・タレントへと進む道を選びました。

 

嵯峨京子さんは、2014年に亡くなるまで家族を温かく見守り、井上和香さんの結婚や出産を喜ぶ姿も報じられました。

 

井上和香さんが現在も家族を大切にしながら活動を続ける姿には、母親から受け継がれた強さと優しさが感じられます。

 

 

病気で入院?

 

井上和香さんは2017年9月に胆のう摘出手術のため入院していました。

 

当初、ブログで「実は1週間ほど入院していました」と報告したものの、病名は伏せられていたため、ファンに不安が広がりました。

 

その後、9月19日のブログで詳細を明かし、「前から胆石があり、数も多かったので、今回、胆のう摘出手術を受けました」と説明しています。

 

 

手術は腹腔鏡手術で、傷も小さく回復が早かったそうで、入院期間は1週間程度でした。

 

胆のうは胆汁を蓄える臓器で、脂分の分解に関わるため、摘出後は油の濃い食事を控え、あっさりした食生活を心がける必要があるとされています。

 

井上和香さんは元々胆石ができやすい体質だったそうで、手術を一度は迷ったものの決断したと振り返っています。

 

ブログでは「ご心配おかけしました」とファンへの感謝を述べ、順調に回復した様子を伝えました。

 

 

他にも、コロナに感染してしまったり、検査入院などその都度、ファンは心配しました。

 

 

若い頃や現在は?写真集は?

 

井上和香さんの若い頃は、グラビアアイドルとして華々しく活躍した時期です。

 

2002年頃に『BOMB』などでグラビアデビューし、豊かなボディラインが話題になりました。

 

女優としてはドラマや映画に出演し、バラエティ番組でも活躍。

 

現在、メディア露出は結婚・出産後はやや控えめになり、家族中心の生活を送っていますが、Instagramでは子育てや旅行の様子をシェアし、変わらぬ明るい笑顔を見せています。

 

第2子出産後も体調を整えながら、京都旅行や石垣島旅行など家族での思い出作りを行っています。

 

井上和香さんの写真集は、グラビアアイドル時代に複数発売されています。

 

代表的なものに『WAKASHIBORI』(講談社、2004年、撮影:井ノ元浩二さん)があり、完全撮り下ろし作品として人気を集めました。

 

他にも『IW』や『BOMB特別編集』、『Wakazakari』などがあり、デジタル版や復刻版もリリースされています。

 

これらの作品は、若い頃のフレッシュで魅力的な姿を収めたものとして、今もファンに親しまれています。

 

2020年頃には過去の写真集カットを本人がInstagramで紹介するなど、懐かしい思い出として振り返る機会もありました。

 

井上和香さんは子育てと並行して、時折仕事もこなし、飯塚健さんは監督業に励みながら家族の時間を共有しています。

 

第2子誕生後も、夫婦で協力する様子がうかがえ、ファンからは温かい声援が寄せられています。

 

井上和香さんは、グラビアから女優・タレントへ、そして一児の母から二児の母へと、人生のステージを着実に歩んでいます。

 

胆のう手術の経験を経ても、健康管理を意識しながら前向きに過ごす姿は、多くの女性に勇気を与えるでしょう。

 

これからも、家族の幸せと自身の活躍を両立させる井上和香さんの姿に注目が集まります。

 

今回はここまでです。
これからも、井上和香さんの活躍を期待しています。
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