秋吉久美子の息子はナゼ転落死?麻原彰晃とは?現在旦那は?子供は?

女優

女優として活躍の秋吉久美子さん。

 

「元祖プッツン女優」という異名をお持ちです。

 

歯に衣着せぬ物言いや不思議な行動・言動から扱いづらい女優という方もいるようですが、女優として数多くの受賞歴があります。

 

主演女優賞はこれまで「ブルーリボン賞(1976年)」、「毎日映画コンクール(1976年)」「日本アカデミー賞(1995年)」などで受賞。

 

近年では2013年のモナコ国際映画祭で、女優賞を受賞されています。

 

助演女優賞など他の賞を含めると、およそ20近い作品での受賞歴があります。

 

芸術的才能が高いためか、かなり個性的な人物のようですね。

 

 

では、本題です。

 

秋吉久美子の息子はナゼ転落死

 

秋吉久美子さんには、男の子供が一人います。

 

2015年1月、秋吉さんの息子が謎めいた転落により、35歳という若さでこの世を去りました。

 

転落した場所は、東京都港区にある大学病院ということ。

 

となると、東京慈恵会医科大学附属病院や北里研究所病院、国際医療福祉大学三田病院などになるでしょうか。

 

母親である秋吉久美子さんは息子の死についての取材に憔悴しきった様子が見られたそうです。

 

しかし、息子との距離感は普通の家庭環境とは少し違った感じがあります。

 

息子を妊娠中には「たまごで産みたい」とプッツン女優ならではのコメント。

 

息子が誕生後も母親ではなく、女優であることを最優先し、子供は自身の実家へ預けました。

 

しかしながら絶縁状態というわけではなく、息子は成人してからも、秋吉さんとパーティーに参加する姿など一緒に出掛けることがあったそうです。

 

子供の頃に一緒に暮らすことができなかったのは非常に寂しかったと思いますが、母親の仕事を理解してあげていたのでしょうね。

 

そんな息子がなぜ、自ら命を絶つような行動に走ったのでしょうか?

 

病院の防犯カメラに写っていた事故直前の息子の様子は、当時病院で行われていた工事現場の作業員のカバンを持ち、病院周囲を照明を避けるように行ったり来たり。

 

その後、地下へ続く非常階段のあたりから向かいに飛び移ろうとした様子の後、カメラの映像から消えてしまいます。

 

落下現場は、警備員も回ることのないというほど、ひとけのない場所であったため、事故から3日ほど経過しての発見でした。

 

自身の人生を思い余っての事故というより、防犯カメラの様子から誰かに追われているようだったというコメントが見られます。

 

母親や大学病院、警察からの事件の経緯の公表はなく、息子に一体何があったのかは現在も不明ということです。

 

残念な話ですね。

 

 

 

麻原彰晃とは

 

新興宗教の開祖であった麻原彰晃。

 

坂本弁護士殺人事件、松本・地下鉄サリン事件、ほか様々な事件を引き起こし、死刑執行されています。

 

子供はなんと15人。

 

子供の母親は4人。

 

多くの罪のない人たちの人生を亡き者にしておきながら、自身は好き勝手三昧の人生。

 

そんな麻原彰晃ですが、生前にはバラエティー番組に出演することがありました。

 

その中で一度きりの企画ではありましたが、日本テレビ系列で放送の「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」で「麻原彰晃の青春人生相談」に出演。

 

若者の質問に答えるという内容でしたが、質問の一つに「好きな女優は誰?」というのがありました。

 

質問に対し、現在はいないが、昔は秋吉久美子さんが好きだったと返答。

 

このことから、現在も秋吉久美子さんの名前を検索すると、「麻原彰晃」が関連ワードとして出てくるようです。

 

とんだとばっちりですね。

 

麻原の死刑が執行されましたが、いまだに弟子たちは活動しています。

 

凄惨な事件の首謀者であったこと、事件が風化しないこと、苦しむ被害者や遺族を忘れないことを切に願います。

 

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現在旦那は

 

1979年に秋吉さんは結婚。

 

旦那様はフォーク歌手・作曲家として活躍の岩久茂さん。

 

「君は、何を今、見つめているの」の青い三角定規のメンバーの一人として活躍。

 

授かり婚でした。

 

結婚期間は約10年ほどで、1989年の12月に離婚しています。

 

結婚期間中も、秋吉さんは家事などは行わなかったそうです。

 

岩久茂さんは、外国人女性と再婚され息子を授かりますが離婚。

 

息子の親権を持ち、父子家庭として野球に打ち込む息子の弁当作りなど頑張っていたそうです。

 

その後、秋吉久美子さんは1990年には空間デザイナーの山本コテツ氏と長期間同棲していたことが発覚。

 

次にはアイルランド人の17歳年下の英語教師との熱愛が発覚しますが、山本コテツ氏とアイルランド人男性とは結婚に至らず破局を迎えています。

 

秋吉さんが次に結婚した方は映像ディレクターでハワイ出身日系2世の男性。

 

秋吉さんが50歳となる2004年に結婚しますが、翌年離婚。

 

さらに2006年に復縁し、再びの2014年に離婚となりました。

 

この男性は年齢が26歳年下で、自身の息子よりも年下の方でした。

 

一度目の離婚のときは秋吉さんの母親ががんであることがわかり、秋吉さん自身が精神的に不安定になってしまったそうです。

 

しかし、離婚しても献身的に元旦那が支えてくれたことで、復縁となったのだそうです。

 

さらに離婚となった理由は、年齢差がかなりあったため、親子に見られてしまうこと、結婚後も日本と海外を行き来する旦那と心の距離ができてしまったことが挙げられます。

 

 恋多き女性かと思いきや、サンフランシスコやロンドンに語学留学したり、早稲田大学の大学院に通うなど、内面磨きも欠かしていない秋吉さん。

 

60歳代半ばとなっても変わりなく美しく輝いているのは自身の持つ向上心のたまものですね。

 

今回はここまでです。

これからも、秋吉久美子さんの活躍を期待しています。

次の記事もおたのしみに!