錦野旦の嫁と娘は?若い頃に逮捕歴?女優Bとは?韓国人?引退?

歌手として活躍の錦野旦(にしきのあきら)さん。

1970年に「もう恋なのか」でデビューされ、デビュー1年目にしてNHK「紅白歌合戦」に出場。

アイドル歌手として人気は急上昇し、ライブには立ち見客も押しかけ、失神者が多数出るほどの過熱ぶりを見せていました。

他にも多々ある波乱万丈伝説。

「スター☆にしきの」こと錦野旦さんについてお伝えします。

では、本題です。

錦野旦は?

錦野旦さんは2度ご結婚されています。

お一人目は、1980年に女優の武原英子さんと結婚されました。

しかし、1996年に享年50歳という若さで、乳癌によりこの世を去っています。

その後、2000年に錦野さんの個人事務所の専務として勤めていた力丸ヒロ子(本名:錦野裕子)さんと再婚されました。

力丸ヒロ子さんは、元客室乗務員として勤務されていた経歴があるそうですので、英語も堪能なのでしょうね。

公私ともに錦野さんの大きな支えとなっていますね。

は?

錦野旦さんの子供は、前妻である武原英子さんとの間に娘が二人誕生してます。

1982年と1984年に誕生したということです。

再婚された力丸ヒロ子さんとの間にはお子さんはいないそうです。

ハードスケジュールの錦野さん、ステージ衣装のまま娘の授業参観に行ったことがあるそうです。

その際には、「もう来ないで」と娘さんに言われたそうです。

父親として娘を大切に思う強い気持ちもわかりますが、さすがにステージ衣装で駆けつけられると、たとえ自慢の父親であっても恥ずかしかったことでしょう。

今となってはそれも素敵なエピソードですね。

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若い頃逮捕歴?女優Bとは?

錦野さんは若い頃に大麻取締法違反容疑と銃刀法違反容疑で逮捕(最終的には不起訴処分)された事があります。

当時のマネージャーが勝手に錦野旦さんの名義で、多額のお金を借りたまま行方をくらませるということがありました。

借金返済のために、多くの地方巡業など、どんな小さな仕事もがむしゃらに引き受けていたそうです。

そんな矢先に起こったさらなる悲運。

若い頃には、アイドル歌手としての活躍の他に、俳優としても活躍されていた錦野さん。

1977年公開の映画「日本の首領(野望編)」で、元女優のひろみ麻耶さんと共演。

錦野さんが2018年にテレビ朝日系列の「しくじり先生」に登場した際に、ひろみ麻耶さんのことを女優Bとして語ったため、

錦野さんの名前を検索すると「女優B」という関連ワードが見られるようになったのですね。

撮影の合間に錦野さんの趣味であった「射撃」の話題をひろみ麻耶さんにしたところ、興味を持ったことから、二人で出かけることがありました。

その際に気づかぬまま逮捕に陥るような目に遭います。

新聞を拝見すると「今度は」というフレーズが見られることから、すでに当時から、芸能界では違法薬物などの問題が起こっていたのですね。

現在では考えられませんが、出演者が逮捕という衝撃的なことがありながら、映画は予定通り公開されていたんですね。

補償問題に発展しなかったのは、最悪を免れたようです。

元々、お金を稼がなくてはいけない状況にあったのに、新曲を出すことができなくなり人気も急落しました。

人生のどん底を歩んでいる時に、前妻である武原英子さんと出会い、結婚。

早くに奥様を亡くされたことは残念でしたが、武原さんとの結婚は錦野さんの人生がよい方向に向かう大きな転機となりました。

いつどこで、人生の幸せな転機が訪れるのかわかりませんね。

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