津田寛治の嫁と子供は?羽田美智子と結婚?徹子やたけしとの関係は?健次郎と兄弟?

俳優

もくじ

津田寛治さんのプロフィール

 

津田寛治さんは、1965年8月27日生まれの福井県福井市出身です。

 

身長174cm、体重60kg、血液型はAB型で、現在はラ・セッテに所属する俳優として活躍されています。

 

 

福井市観光大使やふくいブランド大使も務め、地元愛が強いことで知られています。

 

幼少期は、父親に連れられて映画館に通うことが多く、映画の世界に魅了されていました。

 

小学校時代には習字の練習として「日ペンのミコちゃん」を習っていたそうです。

 

漫画家になりたいという夢を抱くほど絵が好きで、今も絵画を趣味にしています。

 

中学2年生の時に父親を亡くし、家族の絆を強く感じながら育ちました。

 

中学校は福井市立大東中学校に通い、学生時代は水泳が得意だったようです。

 

高校は福井高校に進学しましたが、俳優を目指すために中退し、18歳で上京しました。

 

高校時代には映画館の売店やそば屋でアルバイトを経験し、厳しい現実を学びながら夢を追い続けました。上京後は小劇団の劇団員として活動し、様々なアルバイトで生計を立てました。

 

1993年に北野武監督の映画「ソナチネ」でデビュー。

 

以降、数多くの映画やドラマで名脇役として存在感を発揮しています。

 

2002年の「模倣犯」で第45回ブルーリボン賞助演男優賞、2008年の「トウキョウソナタ」で第23回高崎映画祭最優秀助演男優賞を受賞するなど、実力派として評価されています。

 

 

「ファインディング・ニモ」(日本語吹き替え)のガーグル役や「闇芝居」などのアニメの声優や、監督業にも挑戦し、幅広い分野で活躍されています。

 

 

津田寛治さんの嫁と子供は?

 

津田寛治さんは、2001年5月15日に結婚しました。

 

奥様は一般人で、7歳年下です。出会いは上京後の小劇団時代で、津田寛治さんがアルバイトをしながら活動していた頃のことです。

 

当時ミュージシャン志望だった奥様と、たまたま同じステージに立ったのがきっかけでした。

 

津田寛治さんが一目惚れし、告白したものの、当時奥様には彼氏がいて一度は断られました。

 

しかし、猛アタックの末に交際が始まり、結婚に至っています。

 

プロポーズは渋谷発の都営バスの中で行われたそうです。

 

奥様は雑貨店で勤務していた時期もあり、津田寛治さんの多忙な生活を支えています。

 

子供は2人で、長男は2002年2月生まれで、長女は2007年に生まれたそうです。

 

家族仲はとても良く、津田寛治さんは娘と一緒に洋画を観に行くのが楽しみだそうです。

 

娘は邦画よりも洋画を好み、津田寛治さんの出演作はあまり見ないそうですが、最近の海外映画祭で評価された作品は「見たい」と興味を示しているようです。

 

津田寛治さんは、仕事の合間を縫って家族との時間を大切にし、子供たちにとっては自慢のパパです。

 

過去にブログ「自由帳」で家族のエピソードを綴っていたこともありましたが、更新は2009年頃まででした。

 

 

羽田美智子と結婚?

 

津田寛治さんと羽田美智子さんは結婚しておらず、お二人は長年の共演者で、親しい友人関係です。

 

特に、2006年から続くテレビ朝日系列のドラマ「警視庁捜査一課9係」(現在は「特捜9」)で刑事コンビを演じ、息の合った演技が話題になりました。

 

 

羽田美智子さんが演じる小宮山志保と、津田寛治さんが演じる村瀬健吾は、じれったい恋愛模様を描き、ファンをやきもきさせている事から、この関連ワードがみられるようです。

 

また、2010年から2015年に放送された東海テレビのドラマ「花嫁のれん」では夫婦役を務め、金沢の老舗旅館を舞台にコミカルなやり取りを見せました。

 

2007年の映画「Watch with Me~卒業写真~」でも夫婦役で共演し、「芸能界夫婦」と呼ばれるほどです。

 

羽田美智子さんは津田寛治さんを「芸能界の夫」と呼ぶほど信頼しており、プライベートでも茨城県のロケで一緒に過ごす様子をインスタグラムに投稿しています。

 

夫婦役が多いため、結婚の噂が浮上したようですが、実際はそれぞれ家庭を持ち、仕事上のパートナーです。

 

 

羽田美智子さんは過去に離婚経験がありますが、津田寛治さんとの関係は純粋にプロフェッショナルなものです。

 

お二人のコンビはシリーズ化されるほど人気で、今後も共演が期待されます。

 

 

徹子やたけしとの関係は?

 

津田寛治さんと黒柳徹子さんの関係は、意外な縁から始まっています。

 

上京後の下積み時代、津田寛治さんはテレビ朝日の長寿番組「徹子の部屋」のセットを作る大道具のアルバイトを担当していました。

 

当時は「今日の徹子の部屋は俺が作った」と友達に自慢していたそうです。

 

デビュー後、2010年6月30日にゲストとして出演を果たし、黒柳徹子さんは「この番組のセットを作っていた方がゲストで来るのは初めて」と驚いていました。

 

出演時は大道具時代のエピソードを振り返り、感慨深いトークを展開しました。

 

津田寛治さんは子供の頃から番組を見ていたそうで、ゲスト席に座るのは夢のような体験だったようです。

 

一方、北野武さん(たけしさん)との関係は、津田寛治さんの俳優人生の転機となりました。

 

アルバイトをしていた麻布十番の喫茶店「カフェテラスアオイ」で、北野武さんが常連だったのが出会いのきっかけです。

 

津田寛治さんはプロフィールと手紙を準備していましたが、タイミングを逃し続けました。

 

ある日、トイレで北野武さんに遭遇し、勇気を出して売り込みました。

 

北野武さんは快く受け入れ、1993年の映画「ソナチネ」でデビューさせることになりました。

 

 

喫茶店の経営者の奥さんが北野武さんに強く推薦したのも功を奏したそうです。

 

以降、北野武監督作品の常連となり、「HANA-BI」や「菊次郎の夏」などに出演。北野武さんの愛情深い人柄に感謝し、「たけしさんの愛がなければ今ここにいない」と語っています。

 

健次郎と兄弟?

 

津田寛治さんと津田健次郎さんは兄弟ではありません。

 

津田健次郎さんは人気声優で、1971年6月11日生まれの大阪府出身です。

 

お二人は苗字が同じで、眼光の鋭い雰囲気や演技力が似ているため、兄弟や親戚の噂が浮上しました。

 

また、両者とも演劇集団円の出身という共通点もありますが、血縁関係はありません。

 

津田寛治さんは福井県出身で、津田健次郎さんとは出身地が異なります。

 

顔立ちが整ったイケメンぶりも似ていますが、単なる偶然です。

 

津田健次郎さんは小学生時代をジャカルタで過ごすなど、バックグラウンドも違います。

 

お二人が共演する機会があれば、面白い化学反応が生まれるかもしれませんが、現在はそれぞれの分野で活躍されています。

 

今回はここまでです。
これからも、津田寛治さんの活躍を期待しています。
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