篠井英介がカミングアウト?結婚や家族は?藤間勘智英や、なぜ女形に?若い頃や現在は?

俳優

もくじ

篠井英介さんのプロフィール

 

篠井英介さんは、1958年12月15日生まれの俳優です。

 

石川県金沢市出身で、身長173センチ、体重63キロというスリムな体型をお持ちです。

 

 

現代演劇の女形として知られ、変幻自在の演技で舞台、ドラマ、映画で活躍されています。

 

2014年には石川県観光大使に任命され、地元愛も強い方です。

 

日本舞踊の宗家藤間流師範で、藤間勘智英の名取名も持っています。

 

学歴は、石川県立金沢向陽高等学校を卒業後、日本大学藝術学部演劇学科に進まれました。

 

幼少期は、金沢市上堤町で過ごし、曽祖父が富山県南砺市から移り住んだ家系です。

 

5歳の頃、美空ひばりさんに憧れて日本舞踊を始め、周囲に男の子が舞踊を習う人はほとんどいなかったものの、家族の理解を得て続けました。

 

小学校では放送部に所属し、ラジオドラマを作ったり、音楽の起源を題材にした作品に取り組んだりしていました。

 

また、小学校の鑑賞会で『サウンド・オブ・ミュージック』を観て俳優を志すようになりました。

 

中学校卒業後、高校では演劇部に所属し、演劇の世界にのめり込んでいきました。

 

高校生の時に金沢の劇場で観た杉村春子さんの舞台『欲望という名の電車』に深い感銘を受け、密かに女優になることを目指すようになりました。

 

 

篠井英介さんがカミングアウト?

 

篠井英介さんについて検索すると、「カミングアウト」という言葉がよく出てきます。

 

これは、オネェであることを公言したのではないかという噂から来ているようです。

 

しかし、調べてみると、これはあくまで噂レベルの話で、公式にカミングアウトした事実はありません。

 

篠井英介さんは、現代演劇の女形として長年活躍されており、メイクや仕草が美しいことから、そんな雰囲気が生まれたのかもしれません。

 

実際、舞台での女性役が印象的で、肩を落としたなで肩の演技や、シャンソン歌手のような佇まいが、噂を助長しているようです。

 

ドラマや映画でも中性的な役を演じることがあり、例えばゲイバー経営者のようなキャラクターを自然にこなす姿が、誤解を招く一因となっているでしょう。

 

篠井英介さんは、2024年に金沢プライドウィークに参加し、トークイベントでゲイカップルのドキュメンタリーについて語ったりしていますが、これも演劇人としての視点からで、個人的なカミングアウトとは異なります。

 

こうした活動は、多様な性を尊重する姿勢を示していると言えます。

 

 

結婚や家族は?

 

篠井英介さんの結婚については、さまざまな情報がありますが、プライベートは謎に包まれています。

 

調べた限りでは、独身であるというのが有力です。

 

一部では「結婚しているからオネェではない」という声もありますが、確証はありません。

 

男性俳優はプライベートを語らない方が多い傾向にあり、篠井英介さんもその一人です。

 

家族については、両親が健在で、地元金沢に帰省する際にはお蕎麦を一緒に食べるなど、仲が良いようです。

 

幼少期に日本舞踊を習い始めた頃、家族の理解があってこそ続けられたと語っています。

 

師匠は男舞と女舞の両方を教えており、それが演技の基礎になりました。

 

兄弟については、弟がいるという情報があり、良好な関係を保ちつつ、家族に迷惑をかけないよう配慮した生活を送っているようです。

 

篠井英介さんは、家事が好きで、特に洗濯に力を入れるタイプです。

 

独身生活を充実させており、フリマアプリで不用品を売るなど、日常を楽しむ様子が伺えます。

 

 

藤間勘智英や、なぜ女形になったの?

 

藤間勘智英は、篠井英介さんの日本舞踊の名取名です。

 

宗家藤間流師範として、この名を持っています。

 

篠井英介さんは、5歳から日本舞踊を習い始め、師匠から男舞と女舞の両方を学びました。

 

この経験が、演技の大きな基盤となっています。

 

 

大学時代には歌舞伎研究会に所属し、娘役、姫役、女房役、老婆役などのしぐさや型を深く研究しました。

 

藤間勘智英の名は、伝統芸能とのつながりを象徴しており、2014年の石川県観光大使任命時にも、この特技が活かされています。

 

舞台では、日本舞踊の所作が自然に取り入れられ、例えば『天守物語』のような作品でその美しさが際立っています。

 

篠井英介さんは、NHKの番組で日本舞踊体操を紹介したり、COOL文楽Showでトークゲストとして出演したりと、この分野での活動も続けています。

 

藤間勘智英の名は、篠井英介さんの多才さを示すもので、現代演劇と伝統の橋渡し役となっています。

 

篠井英介さんが女形を志したのは、高校生の時に観た『欲望という名の電車』がきっかけです。

 

杉村春子さんのブランチ役に強く惹かれ、自分で演じてみたいと思いました。

 

当時、現代演劇では男性が女性役を演じるのは珍しかったですが、幼少期の日本舞踊で女舞を習っていた経験が後押ししました。

 

大学で歌舞伎研究会に所属し、女性役の多様な型を学び、ブランチへの想いを温め続けました。

 

構想から9年かかり、2001年にようやく上演許可を得てブランチ役を演じました。

 

著作権者から当初は「男性が女性役を演じるのは理解できない」と拒否されましたが、熱意が伝わり実現しました。

 

この作品との出会いが、女形の魅力に没頭する転機となりました。

 

篠井英介さんは、「女形」ではなく「女方」と呼ぶことを心がけ、女性の形を真似るのではなく、女性の方向へ向かう姿勢を重視しています。

 

 

劇団花組芝居では看板女方として活躍し、退団後も『サド侯爵夫人』や『サロメ』などのヒロインを演じています。

 

女方として、抽象的なジェンダーを超えた演技を目指し、観客の想像力を刺激するスタイルを確立しました。

 

若い頃や現在は?

 

篠井英介さんの若い頃は、1984年に男優だけのネオかぶき劇団「花組芝居」の旗揚げに参加し、女形として人気を博しました。

 

大学在学中は銅鑼魔館に所属し、いとうせいこうさんと共演するなど、演劇の基礎を築きました。

 

 

1990年に退団後、1992年に第29回ゴールデンアロー賞演劇新人賞を受賞。

 

ドラマでは『総理と呼ばないで』や大河ドラマ『元禄繚乱』に出演し、知名度を上げました。

 

悪役や公家役も増え、三谷幸喜作品に複数回起用されました。現在は、舞台を中心に活躍中です。

 

2023年にイキウメの『人魂を届けに』とケムリ研究室の『眠くなっちゃった』で紀伊国屋演劇賞個人賞を受賞しました。

 

2025年には映画『おーい、応為』やドラマ『クジャクのダンス、誰が見た?』に出演。

 

2026年には19年ぶりの主演舞台『欲望という名の電車』が上演。

 

 

NHKラジオ『マイあさ!篠井英介のシアターへの招待』で取材・構成を担い、演劇情報を発信しています。

 

メルカリにハマり、生前整理を楽しむなど、日常も充実。

 

60代後半ながら、たおやかな演技を続け、悪役から女方まで幅広い役をこなしています。

 

今回はここまでです。
これからも、篠井英介さんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!

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