高岸宏行の嫁は声優!子どもは?始球式で何キロ?中学高校時代の活躍は?なぜプロ野球断念?

2026年2月25日お笑いタレント・落語家,スポーツ

もくじ

高岸宏行さんのプロフィール

 

高岸宏行さんは、1992年10月8日生まれの愛媛県西条市出身です。

 

生まれて間もなく、1年ほどで滋賀県に転居し、中学卒業までをそこで過ごしました。

 

 

幼少期は活発な子どもで、みんなで一緒に取り組むチームスポーツが大好きだったそうです。

 

小学3年生の頃、地元のスポーツ少年団で野球を始め、不器用ながらも練習を重ねるうちに上達を実感。次第に野球に没頭するようになりました。

 

4年生からはピッチャーを務め、「プロ野球選手になる」という夢を抱くようになりました。

 

学歴は、大津市立青山中学校を卒業後、野球の名門である愛媛県の済美高校に進学。

 

高校卒業後は東洋大学経営学部に進み、2015年に卒業しています。

 

中学時代は、草津市の軟式野球チーム「湖南クラブ」に所属し、野球に打ち込みました。

 

勉強面でも優秀で、部活動と両立しながら学業をこなしていたそうです。

 

高校では野球部に所属し、厳しい練習を通じて成長。

 

大学でも硬式野球部で投手として活躍しましたが、ケガがきっかけでお笑いの道へ転向しました。

 

学生時代を通じて、野球が人生の基盤となり、持ちネタの「やればできる!」は済美高校の校訓に由来しています。

 

 

高岸宏行さんの嫁は声優!子どもは?

 

高岸宏行さんは、女優で声優の沢井美優さんと結婚しました。

 

沢井美優さんは、テレビで高岸宏行さんを見て一目惚れしたのがきっかけだそうです。

 

お笑いライブに通ううちにマネージャー経由で連絡先を交換し、交際がスタート。

 

結婚報告はツイッターで行われ、「バッテリーとして支え合いながらこれからも夢、勇気、元気を届けていきます」とのメッセージが話題になりました。

 

沢井美優さんは神奈川県横浜市出身で、日出高等学校卒業。

 

夫婦の出会いは約3年前で、デートでは高岸宏行さんがオレンジの服を着用するなど、明るいエピソードが満載です。

 

結婚後、沢井美優さんは高岸宏行さんのポジティブな性格に支えられながら、仕事と家庭を両立しています。

 

高岸宏行さんと沢井美優さんの間には、2024年11月に第一子が誕生しました。

 

沢井美優さんがインスタグラムで「新しい命が舞い降りてきてくれました」と報告し、高岸宏行さんもYouTubeチャンネルで喜びを語っています。

 

 

第一子誕生後、高岸宏行さんは公の場で「家族全員が快適に過ごせるように」と心境の変化を明かしています。

 

妊活やつわりの時期を乗り越え、出産では立会いも実現。

 

子育て姿をSNSで共有する沢井美優さんの投稿には、「ますます綺麗になった」との声が寄せられています。

 

 

高岸宏行さんの始球式で何キロ?

 

高岸宏行さんは、プロ野球の始球式で度々注目を集めています。

 

2025年6月8日のイースタン・リーグ、オイシックス新潟アルビレックス対巨人戦では、球速148キロをマークし、NPB始球式最速記録を更新。

 

自らが持つ芸能界最速を塗り替え、球場を沸かせました。

 

以前の記録は2021年4月の139キロ、2022年の142キロ、2023年の140キロなど。

 

2024年のオリックス対ソフトバンク戦でも140キロを投げ、自己最速には届かなかったものの、スタンドからどよめきが起きました。

 

高岸宏行さんは「心の190キロ」と称し、魂を込めた投球を披露。

 

独立リーグの栃木ゴールデンブレーブス所属として、始球式でも本格的なフォームを見せています。

 

愛媛凱旋の始球式では地元ファンから大きな拍手が送られました。

 

 

高岸宏行さんの中学高校時代の活躍は?

 

中学時代の高岸宏行さんは、軟式野球チーム「湖南クラブ」で投手として活躍。

 

3年生時には身長184センチ、球速135キロを記録し、全国レベルの速球派として注目を集めました。

 

スポーツ推薦で済美高校へ進学。高校時代は野球部で投手兼野手としてレギュラー定着。

 

 

最高球速147キロを出し、ホームランも20本以上。

 

2年時の2009年夏、愛媛県大会決勝で西条高校の秋山拓巳と対戦しましたが、惜しくも敗北し甲子園出場を逃しました。

 

また、智弁学園和歌山高校との練習試合では、西川遥輝と対戦するなど、強豪との経験を積みました。

 

練習は過酷で、深夜まで続き、朝6時から再開。1年生でベンチ入りし、県大会優勝を経験しましたが、甲子園の土は踏めず。

 

3年時も県大会決勝進出ながら敗退。

 

プロ球団から育成入団の話が来ましたが、監督の助言で大学進学を選びました。

 

高岸宏行さんがなぜプロ野球断念?

 

高岸宏行さんは、東洋大学で硬式野球部に所属し、プロを目指しましたが、3年時に肘のケガが致命傷となりました。

 

毎日200球以上の投球練習で肘が壊れ、可動域が出なくなりました。

 

さらに、イップスを発症し、コントロールが乱れ、病院で休養を取らずに投げ続けたため悪循環に。

 

痛みを我慢しながらプレーしましたが、改善せず断念せざるを得ませんでした。

 

4年時は裏方としてチームを支え、周りの応援の大切さに気づきました。

 

この経験が「お笑いで人を応援する」道への転機に。

 

高校卒業時、阪神やヤクルトから育成指名話がありましたが、大学で上位指名を目指した選択がケガで崩れました。

 

それでも、独立リーグで投手として復帰し、二刀流で活躍中です。

今回はここまでです。
これからも、高岸宏行さんの活躍を期待しています。
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