奥貫薫の旦那は?子どもがダウン?誰と似てる?現在・若い頃は?写真集は?
もくじ
奥貫薫さんのプロフィール
奥貫薫さんは、1970年11月22日生まれの東京都出身の女優です。
身長157cm、血液型A型。所属事務所はクォータートーンで、1988年のデビュー以来、ドラマや映画、ナレーションなどで幅広く活躍しています。

学歴は、私立三輪田学園中学校、東京都立板橋高等学校、共立女子短期大学を卒業しています。
父親の奥貫隆さんは滋賀県立大学名誉教授で、住宅・都市整備公団の職員を務めていた経験もあります。
3歳年下の弟さんがいる長女として育ち、家族の影響で落ち着いた環境で幼少期を過ごしたようです。
学生時代は高校生の頃に芸能界へ足を踏み入れ、1986年に「ヤングジャンプグランプリ」を受賞し、注目を集めました。
当時は透明感あふれるルックスで、アイドルグループ「エンジェルス」の一員として1988年に歌手デビューを果たしています。
奥貫薫の旦那は?
奥貫薫さんは、2009年3月に俳優でアーティストの小木戸利光さんと結婚しました。
小木戸さんは福岡県北九州市出身で、奥貫さんより11歳年下の当時27歳。
出会いは、2007年公開の映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』での共演がきっかけです。
この作品で共演した二人は、撮影を通じて互いの価値観を共有し、自然と交際に発展。
奥貫さんは結婚を機に、38歳という年齢ながらも、穏やかな家庭生活を望む気持ちを周囲に語っていました。
小木戸さんは俳優業のほか、音楽活動も行っており、多才な一面が奥貫さんの心を捉えたようです。
結婚生活は11年続き、2011年に長男が誕生するなど、子育てを共に進めていきました。
しかし、2020年春に二人は離婚。
奥貫さんは同年11月、自身のインスタグラムで「この春に、夫婦としての関係にピリオドを打ちました」と報告しています。
離婚理由については、公式には明かされていませんが、仕事の忙しさや生活リズムの違いが影響したと見られています。
離婚後も、奥貫さんは息子さんの親権を持ち、元夫の小木戸さんとは良好な関係を保っているようです。
現在、奥貫さんは独身で、再婚の噂はなく、女優業と子育てに専念しています。
小木戸さんも俳優活動を続けていますが、プライベートは控えめです。
子どもがダウン?
奥貫薫さんには、2011年5月29日生まれの長男が一人います。
出産当時、奥貫さんは40歳で、妊娠7か月であることを同年2月に発表。
午前2時39分に都内の病院で2850gの元気な男の子として誕生しました。
最近では大阪・関西万博への親子旅行をインスタグラムで共有するなど、活発に成長しています。
息子さんは母親の影響で、海外旅行や山登り、遊園地が大好きだそうです。
奥貫さんは子育てのエピソードを度々公表しており、息子さんの誕生日には産後ショットを投稿し、「産後とは思えない美しさ」と話題になりました。
一方で、ネット上では息子さんがダウン症であるといううわさが一部で流れています。
これは、奥貫さんの友人がダウン症や自閉症の子ども向けのイベントに関わっていたことや、息子さんの写真の特徴から生まれた憶測のようです。
しかし、公式な発表や確かな情報は一切なく、単なる噂に過ぎません。
奥貫さんは息子さんを「永遠に続くような気がしていた子育ての日々」と愛情深く語っており、林間学校の思い出や日常のささやかな喜びを共有しています。
こうした投稿から、息子さんは健康的に育ち、母親との絆が強いことがうかがえます。
誰と似てる?
奥貫薫さんの柔らかな表情とえくぼが印象的なルックスは、多くの人から「誰かに似ている」と指摘されます。
特に、女優の中村ゆりさんとの類似がよく挙げられます。
二人は目元や鼻筋のシャープさ、全体の顔立ちが似ており、ファンからも「姉妹のように見える」との声が少なくありません。
中村ゆりさんは『のだめカンタービレ』などで知られる透明感のある美人女優ですが、奥貫さんのナチュラルな魅力と重なる部分が多いようです。
また、大塚寧々さんとの似ている点も指摘されます。
大塚さんの知的で上品な雰囲気と、奥貫さんの穏やかな微笑みが共通しており、年齢を重ねた美しさが特に近いと言われます。
さらに、原田知世さんや清水美砂さん、久保京子さんとも顔の輪郭や目の形が似ているとの意見があります。
こうした類似は、奥貫さんのデビュー当時のアイドル時代から続く「親しみやすい美人」というイメージによるものでしょう。
実際、共演者からも「奥貫さんの笑顔は中村ゆりさんを思わせる」とのエピソードが聞かれ、役柄の選択にも影響を与えています。
奥貫さんはこうした指摘をユーモアを持って受け止め、自身の個性を活かした演技で差別化を図っています。
現在・若い頃は?
奥貫薫さんの若い頃は、まさに「えくぼの天使」と称されるほどの可憐さで輝いていました。
1986年、16歳の時に「ヤングジャンプグランプリ」を受賞した際の写真は、透明感あふれる大きな瞳と柔らかな笑顔が特徴で、CM出演をきっかけに一躍注目を集めました。
1988年のアイドルデビュー時は、グループ「エンジェルス」のメンバーとして歌番組や雑誌を賑わせました。
1989年の映画『バトルヒーター』では、初々しいヒロイン役を演じ、女優としての基盤を築きました。
若い頃のスタイルはスレンダーで、B80 W56 H80のプロポーションがグラビアでも人気を博しました。
一方、現在の奥貫さんは、若い頃の美貌を保ちつつ、より深みのある大人の魅力を放っています。
2025年のインスタグラム投稿では、9年間愛用した高級輸入車を手放したことを報告し、「子育ての青春時代をともにした車でした」と感慨深げに綴りました。
また、5月には息子さんの誕生日を祝い、生後間もない頃の記念ショットを公開。
8月には息子さんと大阪・関西万博を訪れ、「1970年の大阪万博の年に生まれた、私。14歳の息子と出かけた、2025年の万博」と喜びを共有しています。
5月17日には母の日に息子さんと出かけ、日常の温かなひと時を披露。
仕事面では、2025年11月23日から東京芸術劇場などで上演される舞台『飛び立つ前に』に出演予定で、ドラマ『PJ ~航空救難団~』でも安定した演技を披露しています。容姿の変化はほとんどなく、むしろ年齢を重ねるごとに表情の豊かさが増しています。
J-WAVEの放送番組審議会委員も務め、ナレーターとしての声の仕事も増えています。
若い頃のフレッシュさと現在の落ち着きが融合した奥貫さんは、今後も息の長い活躍が期待されます。
写真集は?
奥貫薫さんは、デビュー初期に2冊の写真集をリリースしており、当時のアイドルブームを象徴する作品としてファンに愛されています。
まず、1989年10月にサン出版から発売された『予感―奥貫薫写真集』は、清水清太郎さん撮影によるものです。
全ページにわたるカットは、18歳の奥貫さんの自然体な姿を捉えており、ビーチやスタジオでのショットが中心。
自己紹介の文章も収録され、ファンが当時の心境を垣間見られる内容です。
定価1600円で、帯付きの初版は今もコレクターアイテムとして取引されています。
続いて、2003年に新潮社から出た『月刊奥貫薫』(新潮ムック)は、若木信吾さんによるファースト写真集として位置づけられます。
『月刊アクトレス』シリーズの第76弾で、身長157cmのプロポーションを活かしたグラビアが満載。
とじ込みポスター付きで、映画『ラヂオの時間』出演後の成熟した表情が魅力です。
ページ数は中綴じで、日常的なスナップからアーティスティックなポーズまで多岐にわたり、奥貫さんの多面的な魅力を表現しています。
これらの写真集は、アイドル時代から女優への転身期を映す鏡のような存在で、現在も中古市場で人気です。
奥貫さんは写真集を通じて「自分らしさ」を表現し、以降のキャリアに自信を持ったそうです。
こうした作品は、彼女のキャリアの貴重な記録として、後世に残っています。
今回はここまでです。
これからも、奥貫薫さんの活躍を期待しています。
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