藤竜也の嫁 芦川いづみの現在は?息子は?朝ドラ出演やfacebookはある?身長は?

2021年5月23日俳優

俳優として活躍の藤竜也さん。

 

1941年生まれで、出生地は中国北京市。出身地は神奈川県横浜市です。

 

 

藤竜也さんが生まれたときは太平洋戦争の最中でした。

 

戦火を逃れ帰国し横浜で過ごしますが、藤竜也さんが6歳の時に父親が交通事故で突然他界。

 

母親はレストランを掛け持ちして働き、女手一つで男3兄弟を育て上げました。

 

母のおかげで藤竜也さんは関東学院中学・高校を卒業後、大学まで進学されており、日本大学芸術学部演劇学科を卒業されています。

 

大学時代、彼女との待ち合わせで銀座の日劇前で待っていると、日活のスカウトマンに「俳優になりませんか?お金になるよ。」と、声を掛けられ、芸能界入り。

 

当時は危険なシーンもスタントマンを使うことは少なく、自ら危険なシーンも演じ、アクションスターとして人気を集め、1960年代には、60本以上の作品に出演するほどの人気を誇りました。

 

撮影にケガは付き物で、肩を骨折したり、ガラスのコップが背中に刺さるなどで手術をすることもあったそうです。

 

藤竜也さんにとって大きな転換となった作品が、フランスの会社が出資の1976年公開の映画「愛のコリーダ」でした。

 

「コリーダ」とはスペイン語で「闘牛」という意味なんだそう。

 

男女の愛の極限が表現されていた官能的なストーリーであったため、事務所側は藤竜也さんのこれまでのイメージが崩れてしまうと出演に猛反対。

 

しかし藤竜也さんはストーリーに単なるいやらしさではなく、「とてもピュアなストーリーである」と感じ、役者人生をかけてもいいからと出演を強行しました。

 

脚本や関連書籍が「わいせつ物頒布罪」にあたると、監督と出版社社長が検挙起訴されますが、最終的に無罪に。

 

裁判の結果からすると作品は芸術性が高いという方に評価されたのですが、映画の公開から2年ほど芸能界から干された状態になってしまいました。

 

その間、仕事もなく落ち込んでいたのかと思いきや、テニスのスカッシュにはまり、肘を故障してしまうほどのめり込み楽しくすごしていたそうです。

 

人生山あり谷あり、谷にいるときも前向きで過ごしていると、自然と人脈もお仕事も寄ってくるのでしょう。

 

1978年からは、加山雄三さんや草刈正雄さんなどの名俳優とW主演ドラマに登場するなど人気は回復。

 

テレビCMや写真集を発売するなど、以前に増した人気を集めました。

 

2005年に30年もの間ともに歩んだマネージャーが脳卒中の治療のため退任したことで、所属していた事務所も消滅。

 

以来、個人事務所を設立され、現在に至ります。

 

 

藤竜也の嫁 芦川いづみの現在は?

 

藤竜也さんは1968年に結婚。

 

お嫁さんとなった方は、女優として活躍された芦川いづみさん。

 

 

 

交際期間はわずか1カ月。奥様の方が6歳年上。

 

スピード婚ということでも世間は注目しましたが、さらに注目されていたことは、当時、芦川いづみさんは日活を代表する看板女優であり、一方の藤竜也さんは、多くの若手俳優の一人にすぎないという格差婚でした。

 

やはり会社からの強い反対はあったようですが、最終的に二人が結婚することができたのは、昭和の名俳優石原裕次郎さんが会社に掛け合ってくれたからといいます。

 

 

現在も続いている夫婦の習慣として、毎日夜寝る前にきちんと向き合って握手をするのだそう。

 

お互い年齢的に「朝起きたらお別れ」というせつない可能性があるからと説明しています。

 

奥様がお友達と出かけてしまい、家に一人いると家がつまらない空間となってしまうらしく、「妻がいなくなったら一人でどうしよう~」と、思ってしまうそうです(笑)。

 

数々のハードボイルドな役柄を演じてきた人と同一人物とは思えないかわいらしい話ですね。

 

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