鶴田真由の結婚した旦那と子供は?父親は?現在と若い頃は?個展や声は?坂本龍一とは?

女優

もくじ

鶴田真由さんのプロフィール

 

鶴田真由さんは、1970年4月25日生まれの女優で神奈川県鎌倉市出身です。

 

本名は中山真由さんで、旧姓は鶴田です。所属事務所は株式会社オフィスマイティーです。

 

 

幼少期は、鎌倉の自然豊かな環境で育ちました。小学校は湘南学園小学校に通い、江ノ電を乗り継いでの通学が日常でした。

 

当時の鶴田真由さんは、気が強く活発な性格で、周囲を引っ張る存在だったそうです。

 

両親は美大出身で、芸術的な感性が家庭に満ちていました。

 

中学校と高等学校は、成城学園中学校高等学校に2年生で編入し、バスケットボール部に所属して汗を流しました。

 

大学は成城大学文芸学部に進学し、西洋美術史を専攻。

 

好奇心旺盛に学びを深め、在学中にはTBSアナウンサーの雨宮塔子さんと同じ学部で交流を持ったそうです。

 

1988年、高校生の時に従兄の紹介でテレビCMのエキストラ出演をきっかけに芸能界入りし、女優の道を歩み始めました。

 

こうした学生時代は、表現への情熱を育む大切な時期でした。

 

 

結婚した旦那と子供は?

 

鶴田真由さんは、2002年に現代美術家の中山ダイスケさんと結婚しました。

 

中山ダイスケさんは1968年1月7日生まれで、抽象表現を基調とした作品で知られるアーティストです。

 

お二人は2001年12月の結婚当時、鶴田真由さんが31歳、中山さんが34歳でした。

 

出会いは2000年、鶴田真由さんがニューヨークで長期休暇を楽しんでいた際に、知人を介して知り合いました。

 

すぐに意気投合し、交際が始まったそうです。

 

結婚後、二人は互いの創作活動を尊重し合い、穏やかな生活を築いています。

 

鶴田真由さんは、夫の個展を手伝ったり、一緒に旅に出かけたりする姿が、時折メディアで報じられます。

 

子供については、二人の間にはお子さんがいません。

 

当初は子供を持つことを検討していましたが、仕事やライフスタイルの相性を話し合った結果、自然な形で夫婦二人だけの家族を選びました。

 

この選択は、鶴田真由さんの旅好きや芸術への集中を可能にし、充実した日々を支えています。

 

SNSでは、子供の絵を描いた作品を投稿することもありますが、それは自身の表現活動の一環です。

 

二人はアフガニスタンへの長期滞在を共にした経験もあり、こうした冒険が絆を深めているようです。

 

 

父親は?

 

鶴田真由さんの父親は、鶴田剛司さんです。

 

東京藝術大学を卒業後、三菱電機に入社し、工業デザイナーとして家電製品のデザインに携わりました。

 

機能性と美しさを追求した作品で知られ、北欧デザインに憧れを抱いていたそうです。

 

実家の家電はすべて三菱製で揃えられ、銀行口座も三菱、ビールも三菱系列のキリンを選ぶなど、三菱一色の生活が特徴でした。

 

鶴田剛司さんは、アメリカのイリノイ工科大学に留学した経験もあり、国際的な視野を養いました。

 

鶴田真由さんにとって、父親の仕事への真摯な姿勢は、自身の表現活動の原動力となっているのでしょう。

 

父方のルーツは大分県別府市にあります。

 

祖父は地元で網元を営み、温泉旅館「ツルタホテル」を経営していました。

 

一方、母方の先祖には、新選組の隊士である桑名屋嘉兵衛さんがおり、歴史的な血筋が家族の誇りです。

 

こうした豊かな家系が、鶴田真由さんの上品で多面的な魅力を形成していると言えるでしょう。

 

現在と若い頃は?

 

若い頃の鶴田真由さんは、1990年代に清純派女優として一世を風靡しました。

 

1988年の「あぶない少年Ⅱ」でデビューし、1991年の映画『就職戦線異状なし』で注目を集めました。

 

1994年のフジテレビドラマ『妹よ』では、妹役の可憐な演技でブレイクし、「お嫁さんにしたい女優」ランキングの上位に名を連ねました。

 

1996年には映画『Shall we ダンス?』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。

 

黒髪ロングの清楚なルックスに加え、バイクや車を愛するアクティブな一面もあり、50カ国以上を一人で旅した経験が、役柄に深みを加えました。

 

当時の彼女は、好奇心と情熱に満ち、さまざまな役に挑戦するエネルギッシュな姿が印象的です。

 

現在も、変わらぬ美貌と内面的な深みを併せ持ち、鎌倉と東京を二拠点にゆったりとした生活を送っています。

 

2025年4月からは、カンテレ・フジテレビ系全国ネットのドラマにレギュラー出演し、女優業を精力的に続けています。

 

SNSでは、愛車のオフロードカーでのツーリング写真や和服姿が話題を呼び、「ずっとかわいい」との声が寄せられます。

 

ヨガや瞑想を日常に取り入れ、鎌倉の禅の文化に親しみながら、心身のバランスを保っています。

 

先ほどお伝えした通り、夫の中山ダイスケさんとともにアフガニスタンへの長期滞在を経験したこともあり、「仕事だけにはなりたくない」との思いから、旅や創作を大切にしています。

 

 

個展や声は?

 

鶴田真由さんは、女優業の傍ら、写真と詩の創作に没頭しています。

 

2025年10月4日から19日まで、京都の東福寺塔頭・光明院で『水織』という展覧会を開催中です。

 

この展覧会は、調香師の沙里さんとのコラボレーションで、鶴田真由さんの写真と詩に沙里さんの香りが融合した空間です。

 

水の流れや織物のイメージをテーマに、朝7時頃から日没まで拝観可能で、静かな感動を呼び起こします。

 

拝観料は500円で、訪れる人々は襖絵や床の間の作品を通じて、鶴田真由さんの繊細な視点を体感できます。

 

過去には、2025年3月に森岡書店で写真展を開催し、夏にはSigma Chinaで展示を行いました。

 

これらの活動は、彼女の感性を多角的に表現する場となっています。

 

声については、鶴田真由さんの柔らかく、少し鼻にかかったようなトーンが独特の魅力です。

 

朗読やナレーションで、数多くの作品を支えてきました。

 

2023年には、ヤマハのプロジェクトで声を実験的に扱い、言葉を音楽のように奏でる新たな表現を探求しています。

 

おとえほんシリーズのCDでは、世界昔話を心地よい語りで届けており、目を閉じて聴くだけで物語の世界に浸れます。

 

また、2024年の『波間のラジオ』では、青柳拓次さんの音楽に乗せた朗読を披露し、静かな余韻を残しました。

 

文化庁の文化交流使節団でも、穏やかな声で対話をリード。

 

こうした声の仕事は、鶴田真由さんの内省的な魅力を最大限に引き出しています。

 

坂本龍一とは?

 

鶴田真由さんと坂本龍一さんの出会いは、2000年頃に遡ります。

 

坂本龍一さんがオペラ『LIFE』を制作していた時期、鶴田真由さんは番宣番組のナビゲーターとしてニューヨークを訪れ、二人はそこで初めて顔を合わせました。

 

音楽と表現についての会話が弾み、互いの創作世界に刺激を受けたそうです。

 

その後、都内の高級イタリアンレストランで夕食を共にし、手を繋いだデートが報じられ、一部で親密な関係が噂されました。

 

坂本龍一さんの女性遍歴として鶴田真由さんの名前が挙がることもありましたが、詳細は公にされていません。

 

坂本龍一さんが2023年3月に71歳で亡くなった際、鶴田真由さんは自身のnoteで追悼の言葉を綴りました。

 

「呼吸の音 と ピアノの音色」というタイトルで、坂本さんの音楽がもたらした静かな感動を振り返り、最期まで残された作品への感謝を述べています。

 

二人は芸術を通じた敬意でつながっており、神宮外苑の再開発問題でも共通の環境保護の視点を共有していました。

 

この出会いは、鶴田真由さんのアーティスティックな世界観を豊かにした一幕です。

 

鶴田真由さんは、これからも女優としてクリエイターとして、多様な表現を追求し続けるでしょう。

 

彼女の静かな情熱が、これからも多くの人を魅了します。

 

今回はここまでです。
これからも、鶴田真由さんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!

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