常盤貴子の旦那や子供は?若い頃や現在は?京都在住?松本人志や悪魔のキッスとは?

女優

もくじ

常盤貴子さんのプロフィール

 

常盤貴子さんは、1972年4月30日、神奈川県横浜市港北区に生まれました。

 

身長は162センチ、血液型はA型です。

 

 

女優として長年活躍し、透明感のある美しさで多くのファンを魅了しています。

 

幼少期は父親の転勤が多い仕事の影響で、何度か引っ越しを経験しました。

 

1979年4月に横浜市立高田小学校に入学しましたが、1983年に兵庫県西宮市へ転居し、西宮市立春風小学校に転校しています。

 

その後、西宮市立上甲子園中学校、西宮東高等学校を卒業し、関東学院女子短期大学家政科生活文化専攻を修了しました。

 

学生時代は特に目立った部活動や習い事のエピソードは公表されていませんが、こうした転居の経験が、柔軟な性格を育んだのかもしれません。

 

1991年に女優デビューして以来、ドラマ、映画、舞台で幅広い役柄をこなしています。

 

 

常盤貴子さんの旦那や子供は?

 

常盤貴子さんの旦那は、長塚圭史さんです。

 

長塚圭史さんは1975年5月9日生まれの劇作家、演出家、俳優で、身長181センチのスレンダー体型が特徴です。

 

父親は名優の長塚京三さんです。常盤貴子さんと長塚圭史さんは、2003年の映画『恋愛寫眞』での共演をきっかけに知り合い、交際をスタートさせました。

 

当時、常盤貴子さんは31歳、長塚圭史さんは28歳でした。

 

約6年半の交際期間を経て、2009年10月20日に結婚を発表しています。

 

結婚当時、常盤貴子さんは37歳で、二人の結婚生活は、互いの仕事の忙しさを尊重し合うスタンス。

 

長塚圭史さんは劇団「幼稚園」の主宰者としても知られ、舞台を中心に活動しています。

 

一方、常盤貴子さんは女優業を続けています。

 

2021年のインタビューでは、長塚圭史さんが「戦友のような関係」と語ったように、互いのキャリアを尊重する姿勢がうかがえます。

 

過去に長塚圭史さんに関する不倫報道もありましたが、二人はそれを乗り越え、安定した夫婦生活を送っています。

 

子供については、常盤貴子さんと長塚圭史さんの間には子供がいません。

 

常盤貴子さんはインタビューで、仕事とプライベートのバランスを重視する考えを明かしており、子供を望まないわけではないものの、タイミングや生活スタイルが合わなかったようです。

 

長塚京三さんとは義父娘として良好な関係を保ち、家族ぐるみの交流も見られます。

 

 

若い頃や現在は?

 

常盤貴子さんの若い頃は、モデルから女優への転身が印象的です。

 

19歳の頃からモデルとして活動を始め、雑誌のグラビアやファッションショーで注目を集めました。

 

1991年、19歳の時にテレビドラマ『イブは初恋のように』(日本テレビ)で女優デビューを果たします。

 

この作品では、初々しい演技が評価されました。

 

デビューから2年後の1993年、フジテレビのドラマ『悪魔のKISS』で本格的にブレイクします。

 

このドラマは、常盤貴子さんの代表作の一つとなり、透明感あふれるヒロイン像を確立しました。

 

20代前半は、連続ドラマの主演を次々と務め、『愛していると言ってくれ』(1995年、TBS)で豊川悦司さんとダブル主演を果たし、平均視聴率20%超えのヒット作を生み出しました。

 

続いて『ビューティフルライフ』(2000年、TBS)では、木村拓哉さんと共演し、障害をテーマにした感動的なストーリーが社会現象となり、平均視聴率30%超え、最高視聴率41.3%を記録しました。

 

この頃の常盤貴子さんは、清楚で可憐なイメージが強く、20代の美貌は「連ドラの女王」と称されるほどでした。

 

1995年には第1回エランドール賞新人賞を受賞し、女優としての基盤を固めました。

 

また、映画『赤い月』(2001年)で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞するなど、演技力の高さを証明しています。

 

若い頃のエピソードとして、20代でアントニオ猪木さんとのツーショット写真を撮影したことが挙げられます。

 

これは、雑誌の企画「会いたい人に会える」で猪木さんを指名し、対談後にビンタをお願いした珍しい一枚で、猪木さんの豪快な笑顔と並ぶ常盤貴子さんの表情が、意外な親しみやすさを示しています。

 

2023年には京都府文化観光大使に就任し、地域の魅力を発信する役割を果たしました。

 

テレビでは、KBS京都の『京都画報』でナビゲーターを務め、京都の隠れた名所を紹介しています。

 

また、NHK Eテレの『おとな時間研究所』では司会として、人生の知恵をテーマにしたトークを展開中です。

 

2025年5月にはフォトエッセイ『小さな幸せで満たす日々』を出版し、日常のささやかな喜びを綴っています。

 

50代に入り、「即興力」をテーマに、舞台でのアドリブ演技に力を入れているそうです。

 

52歳の頃の近影でも、額を見せたアップヘアが若々しく、ネット上で「時が止まっている」と話題になりました。

 

芸能生活30年以上を振り返り、「ずっと楽しく仕事ができた」と語る常盤貴子さんの姿勢は、後輩女優の模範です。

 

 

京都在住?

 

常盤貴子さんは、京都在住ではありません。

 

主な居住地は東京都内です。

 

2018年頃に、夫の長塚圭史と共に4億円の豪邸を購入したことが報じられましたが、これは東京の閑静な住宅街に位置します。

 

ただし、常盤貴子さんは京都に深い縁を持ち、頻繁に訪れているそうです。

 

2023年の京都府文化観光大使就任以来、京都の文化や食を積極的にPRしており、『京都画報』でのロケも恒例です。

 

例えば、京都市上京区の喫茶店『喫茶静香』でレモンが効いたフルーツサンドを味わう回では、地元らしいノスタルジックな魅力を伝えました。

 

また、2025年9月オープンの『OMOYA 八代目』のような新店取材も行っています。

 

京都の新竪町商店街では、着物セレクトショップ「たたみぜ」の店主としても関わり、ハレの日だけでなく日常の着こなしを提案しています。

 

こうした活動から、京都を第二の故郷のように愛していることがわかりますが、住居自体は東京です。

 

京都での滞在は、仕事やリフレッシュのための短期的なもののようです。

 

将来的に移住の可能性もあるのかもしれませんね。

 

松本人志との関係は?

 

常盤貴子さんと松本人志の関係は、1990年代のバラエティ共演がきっかけです。

 

松本人志さんとは、1995年頃にバラエティ番組『殿様のフェロモン』での共演を通じて親しくなり、週刊誌で交際が報じられました。

 

松本人志さんは常盤貴子さんにプロポーズしたとされ、一時は結婚の噂が広がりましたが、結局破局しています。

 

破局の理由は、松本人志さんの芸人としての多忙さと、常盤貴子さんの女優キャリアの違いが挙げられます。

 

共演時のエピソードとして、松本人志さんの「ボディコン母ちゃん」ネタがファンの間で語り草です。

 

悪魔のキッスとは?

 

1993年のフジテレビドラマ『悪魔のKISS』で、常盤貴子さんは柘茉莉子役を演じました。

 

この作品は、女性の性や恋愛を大胆に描いたサスペンスで、当時社会的な話題を呼びました。

 

静岡県焼津市から上京した3人の女性が、借金地獄、宗教地獄、薬物地獄に陥る姿を描き、奥山佳恵さん、深津絵里さんとの共演が魅力です。

 

第3話では、常盤貴子さんのバストアップシーンが象徴的で、当時大きな話題となり、視聴率を押し上げました。

 

放送後、常盤さんの知名度が急上昇し、以後の連続ドラマ主演への道が開かれました。

 

一方で、『悪魔のKISS』の出演がイメージに影響を与えるのを懸念した事務所が、放送から2年後に版権を買い取り、再放送やDVD化を封印したため、現在は「幻の作品」として語り継がれています。

 

『悪魔のKISS』自体は、常盤貴子さんの転機作です。西島秀俊さん、寺脇康文さん、柄本明さんら豪華キャストが出演し、奥山佳恵さんとの友情シーンも魅力です。

 

寺脇康文さんが珍しく悪役を演じており、お店のマネージャー役の寺脇康文さんと常盤貴子さんとの対峙が、ドラマの緊張感を高めました。

 

この作品で常盤貴子さんは、従来の清純イメージから脱却し、本格派女優への道を開きました。

 

現在も、TikTokなどで当時の映像が共有され、懐かしいと評判です。

 

こうした過去の共演は、常盤貴子さんのキャリアの豊かさを物語っています。

 

今回はここまでです。
これからも、常盤貴子さんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!

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