原田知世椎名桔平と結婚は?元旦那エドツワキとの子供は?姉は?若い頃や現在は?
もくじ
原田知世さんのプロフィール
原田知世さんは、歌手、女優、ナレーターとして長年活躍されています。
1967年11月28日生まれで、出身地は長崎県長崎市です。
4人兄弟の末っ子として育ち、父親は建築資材関係の会社を経営していました。
幼少期は、2歳の頃から姉の貴和子とともに鳳洋子に師事してバレエを習っていました。
長崎で普通の小学生時代を過ごし、歌番組を見ることが好きでした。
中学生時代はチャゲ&飛鳥の大ファンで、姉と一緒にコンサートに行き、握手をしたこともあります。
学歴は、長崎市立岩屋中学校を卒業後、日出女子学園高校に入学し、卒業されています。
高校時代は毎日登校して授業を受けていました。
1982年に開催された「角川映画大型新人募集」に応募しました。
応募の理由は、1981年に公開された映画「魔界転生」に出演していた真田広之さんを見て大ファンになり、真田広之さん主演の映画「伊賀忍法帖」の相手役となる特典があったからです。
応募資格は15歳以上でしたが、当時原田知世さんは14歳でした。
九州の地区予選で角川春樹さんの目に留まり、特別賞を受賞しました。
角川春樹さんは「息子の嫁にしたいくらい」と言うほど、原田知世さんに心を奪われてしまったといいます。
当時まだ16歳だった原田知世さんに映画「時をかける少女」主演を務めさせたのも、一作だけご褒美のつもりで角川春樹さんがポケットマネーで作らせた映画でした。
映画「時をかける少女」は、配給収入28億円、その年の興行収入の第二位となる大ヒット映画となり、原田知世さん自身も「第7回日本アカデミー賞新人俳優賞」を受賞しました。
主題歌であった原田知世さんが歌う同題名の曲もシングルで60万枚も売り上げ、映画も曲も多くの人がリメイクし作品化するほど名作となっています。
その後も、1984年に映画「愛情物語」、「天国にいちばん近い島」、1985年に「早春物語」と、立て続けに主演を務め、純粋な少女役がしっかりと定着しました。
1985年には「早春物語」でNHK紅白歌合戦に出場しました。
19歳で角川事務所から独立しました。
独立にあたり角川春樹さんは、「私は出版社の代表でもあったから、本業は本を作って売ることです。
芸能事務所のように役者によって成立させているようにはなりたくなかった」と、コメントされています。
角川春樹さんの後押しもあり、女優としても歌手としても、10代のうちに大成功を収めました。
原田知世椎名桔平と結婚は?
俳優として活躍の椎名桔平さんとは、2021年に都内の焼肉店でデートとの交際報道が流れました。
二人は、2018年にWOWOWで放送されたドラマ「不発弾~ブラックマネーを操る男~」で、夫婦役で初共演しました。
椎名桔平さんはもともと原田知世さんの大ファンで、過去に原田知世さんが出演する映画のオーディションを受けましたが、落ちたことがあります。
ドラマの撮影期間中も、共演者たちに「原田知世さんって綺麗だよね~」と話していたそうです。
超大物カップル誕生!
椎名桔平&原田知世がホルモン焼きデート!
椎名が肉を焼き、原田の皿に取り分けていく。原田も舌鼓を打っていた。時折、互いに見合って笑い合う2人。まるで熟年夫婦の食卓を思わせる光景だった、、。
食事の後にむかった先は、、、。https://t.co/2xM8gHa8HP #フライデー
— FRIDAY (@FRIDAY_twit) June 16, 2021
2021年には、椎名桔平さんがもともと住んでいる地上2階地下2階の自宅を大がかりにリフォームする様子もみられました。
2023年には、ペアのApple Watchを着用したデートが目撃されています。
結婚という形にこだわらず、このままずっとパートナー関係でも素敵と思います。
元旦那エドツワキとの子供は?
原田知世さんには一度結婚歴があります。
2005年に画家、イラストレーターとして活躍のエドツワキさんと結婚しました。
2009年にリリースされた原田知世さんのアルバム「eyja(エイヤ)」のジャケットは、エドツワキさんが担当しました。
エドツワキさんはファッションブランド「nakEd bunch」のデザイナーを務めています。
国内外で活躍するエドツワキさんは海外に行くことも多く、生活の中でスレ違いが生じました。
2013年に離婚となり、結婚生活は8年半でした。
二人の間には子供はいません。
お互いの活動を想いあっての円満離婚で、特に慰謝料などは発生していません。
離婚直後に主演ドラマで汚れ役を演じ、再出発を決めました。
姉は?
原田知世さんの姉は、女優として活躍の原田貴和子さんです。
1965年5月21日生まれで、原田知世さんより2歳年上です。
身長163cmで、所属事務所は個人事務所のショーン・ハラダで、マネジメントはパシフィック・ボイスに委託しています。
1986年に映画「アフガニスタン地獄の日々」でスクリーンデビューしました。
その後、「彼のオートバイ、彼女の島」で主演を務めました。
原田姉妹の共演作は、1987年公開の映画「私をスキーに連れてって」、1993年の映画「結婚」、2013年の映画「ペコロスの母に会いに行く」などがあります。
2001年に一般会社員と結婚し、一時芸能界を引退しましたが、後に復帰しました。
2011年に離婚となり、一男一女の母親です。2013年の「ペコロスの母に会いに行く」では、第28回高崎映画祭最優秀助演女優賞を受賞しました。
現在も女優として活動していますが、子供の育児を考慮し、精力的な活動は控えめです。
若い頃や現在は?
原田知世さんの若い頃は、中学生の頃からあどけない表情が印象的でした。
デビュー当時の14歳の頃は、まだ少女らしい無邪気さが残っていました。
1982年に初主演したテレビドラマ「セーラー服と機関銃」の主題歌「悲しいくらいほんとの話」で歌手デビューしました。
1983年の映画「時をかける少女」では、撮影前半と後半で雰囲気が少し変わり、中学卒業直後の成長が表れました。
その後も、1986年のアルバム「NEXT DOOR」から「落書きだらけの青春時代」などの曲をリリースし、欧州ムードの歌声が特徴でした。
髪型は、肩より上の長さをしていることが多かったです。
10代で青春映画の名作に主演し、アイドル女優として清廉なイメージを築きました。
1990年代以降は、鈴木慶一さん、ゴンチチ、羽毛田丈史さん、伊藤ゴローさんらとコラボレーションし、アルバムを制作しました。
2007年にはバンドpupaを結成し、ボーカルを担当しました。
2011年のNHK連続テレビ小説「おひさま」、2018年の「半分、青い。」では母親役を演じました。
2014年のドラマ「紙の月」、2016年の「運命に、似た恋」では中年女性役を務めました。
CMでは、AGFブレンディに1995年から20年以上連続出演しています。
2021年の映画「あなたの番です 劇場版」で主演しました。
2022年にデビュー40周年記念ツアーのコンサートをCS放送で放送しました。
現在も女優と歌手の両輪で活動を続けています。
2024年にミニアルバム「カリン」をリリースし、総合プロデュースは伊藤ゴローさんで、川谷絵音さん、高野寛さん、高橋久美子さん、藤原さくらさんが参加しました。
2025年には映画「35年目のラブレター」に出演、現在も透明感のある凛とした魅力が続いています。
今回はここまでです。
これからも、原田知世さんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!
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