北村滋副長官の経歴は?アイヒマンとは?三浦春馬・竹内結子と面会?池袋事故もみ消し?

政治家・財界人・実業家

政治家として活躍の北村滋(きたむらしげる)氏。

 

1956年生まれで。出身地は東京都。

 

 

学歴は、開成中学・高校、東京大学法学部を卒業されています。

 

北村滋副長官の経歴は?

 

北村滋氏の経歴はとにかくエリートコース。

 

大学卒業後、1980年に警察庁へ入庁。

 

入庁後10年間ほどは、各方面の警察署長や本部長、フランスで一等書記官として勤務。

 

その間、信号機のLED化を検討・導入、北朝鮮による日本人拉致問題など外事情報、取調室の可視化など警察改革などにも取り組みました。

 

そして2011年の民主党政権・野田内閣時に内閣情報官に起用され、民主党から自民党へ再び政権交代(第二次安倍内閣)となっても、引き続きその職につき、特定秘密保護法などの法案策定に関わりました。

 

安倍内閣では、第一次で内閣秘書官、第二次から第四次に内閣情報官を務めてます。

 

2015年に起こったテロ組織IS(当初はイスラム国と呼ばれていた)による日本人人質事件では、交渉人の一人として務めていたそうです。

 

2001年に起こった「9.11同時多発テロ事件」後、日本でもアメリカのCIAやイギリスの通称MI6と呼ばれる諜報機関設置の必要性が論議されているそうです。

 

しかし、20年経過した現在でも完成していないのは、「警察庁、外務省、防衛省、経産省公安調査庁」の主導権争いが原因でストップしていると言われています。

 

領土問題や時間とお金をかけ日本で研究された科学技術や農畜産物などが流出しているといわれる日本。

 

省庁間、組織間の無駄な対立は辞め、プロフェッショナルがしっかり集まって日本を守って欲しいものです。

 

 

アイヒマンとは?

 

北村滋氏は第二次安倍内閣で「官邸のアイヒマン」と呼ばれていたそうです。

 

アイヒマンとは一体何のことでしょう?

 

アイヒマンとは、第二次大戦中のユダヤ人虐殺の最高責任者であった事の罪を問われ、後に絞首刑となったドイツの人物。

 

北村滋氏も、当時ドイツの最高指導者であったヒトラーの命を冷徹・淡々と行動に移したアイヒマンのように、第二次安倍内閣では世論お構いなしに特定保護法案を成立させた立役者といわれています。

 

内閣情報官というと通常は週に1度程度の定期報告をしていたところ、北村滋氏はほぼ毎日首相と面会していたといいます。

 

当時のマスコミはこの先言論の自由がなくなると危惧していましたが、現在、それほどマスコミの言論の自由が奪われたという感じはしません。

 

新しい事に強い拒否反応をしがちですが、私たちもマスコミに振り回されない知識と冷静さを持ちたいと思います。

 

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三浦春馬・竹内結子との関係は?

 

2020年の7月に俳優の三浦春馬さんが、同年9月に女優の竹内結子さんが自らこの世を去るという痛ましい出来事がありました。

 

実力派俳優として活躍されていた二人がなぜ続くように、この世を去ったのかいまだに信じられないファンも多く、陰謀説が多く検証されています。

 

その内容の一つとしては、俳優の岸谷五朗さん、寺脇康文さんと、三浦春馬さんが中心となって「Act Against AIDS(アクト・アゲインスト・エイズ)」というエイズ啓発運動を開催しています。

 

その収益金が不当に使われているのでは?と思い、三浦春馬さんが色々調べたことで国の機密情報を知りすぎたために消されてしまったのでは?という噂です。

 

事実を消すことに北村滋氏が関与したのでは?とネットの掲示板に書きこみが見られます。

 

所属事務所から、人の手によってこの世を去ったわけではなく、ないことをさもあったかのように伝える内容については、法的措置をとるコメントもだされています。

 

多くの感動を与え続けていた二人であっただけに、事実を受け入れがたく色々考えを広げてしまうファンもいるのでしょうね。

 

 

池袋事故もみ消し?

 

2019年4月に起こった「池袋暴走事故」。

 

この事故で、9人が重軽傷、母と子二人の命が消えました。

 

加害者は当時87歳の高齢者で、2015年に瑞宝重光章を受勲の元通商産業省技官。

 

東京大学工学博士としても活躍していた人物であったため、「上級国民は牢屋に入らない」、「人を殺めても、許される」といった話が飛び交いました。

 

結局、2021年に実刑で結審していますが、最後まで自身の過失を詫びることはありませんでした。

 

この事件についても当初、控訴して収監されることなく自宅で過ごせるように計らったのも北村滋氏の手配だったのでは?とデマを流す人がいたようですね。

 

北村滋氏は学生時代から「切れ者」といわれてきただけあって、日々、多くの案件を抱えているためか、あることないこと色々な話に結び付けられてしまうようですね。

 

今回はここまでです。
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