池田鉄洋の嫁と子どもは?両親の仕事は?なぜたべっ子どうぶつの脚本?下積み時代は?

俳優

池田鉄洋さんのプロフィール

池田鉄洋さんは、1970年10月31日生まれの東京都練馬区出身の俳優、声優、演出家、脚本家です。

愛称は「池鉄(イケテツ)」として親しまれ、身長176cm、血液型AB型。

國學院大學を卒業後、劇団「猫のホテル」に所属して芸能界の道を歩み始めました。

 

 

幼少期は、地元のこどもの国などで自然に囲まれて過ごしたそうで、学生時代は高校で剣道部に所属し、運動会の応援団長も務めました。

そこで人を笑わせる快感に目覚め、『裸の銃を持つ男』などのコメディ映画に夢中になったそうです。

大学では当初、映画監督を目指して映研を考えましたが、演劇の道へ進み、劇団活動に没頭するようになりました。

 

池田鉄洋さんの嫁と子どもは?

池田鉄洋さんは2014年3月9日に一般女性と結婚しています。

8歳年下の奥さんは、池田鉄洋さんが出演する舞台の客席にいた女性でした。

共演者の田山涼成さんのセリフシーンでスポットライトが当たり、その隣に座っていた奥さんに一目惚れしたという運命的な出会いです。

後に野間口徹さんの知り合いであることがわかり、紹介を経て交際がスタート。

約1年の交際を経て結婚に至りました。

結婚記念日は、池田鉄洋さんが出演したレミオロメンの楽曲「3月9日」のMVを奥さんが気に入っていたことから、この日を選んだそうです。

夫婦の間には2人の娘がいます。

長女は2015年頃生まれ、次女は2017年頃生まれです。

池田鉄洋さんは50代のパパとして、娘たちを溺愛する日々を送っています。

特に注目されるのは、奥さんが2度の難産を乗り越えた点です。

結婚直後から体調チェックを重ね、子宝に恵まれたものの、出産は決して簡単な道のりではありませんでした。

そんな苦労を共に乗り越えた家族の絆は、池田鉄洋さんの創作活動にも大きな影響を与えていると言います。

娘たちは父親の仕事を「絵が上手い人」と誤解していたなど、可愛らしいエピソードも。

池田鉄洋さん自身、「まさか結婚して子どもを持つとは思っていませんでした」と語るほど、家族を得た喜びを噛みしめているようです。

 

 

池田鉄洋さんの両親の仕事は?

池田鉄洋さんの父親は広告業界で働いている方で、仕事が忙しかったのか、母子家庭のような環境で育った時期もあるというコメントがみられました。

母親はスタイリストとして、30代半ばで憧れの世界に飛び込んだそうです。

飲み歩くのが大好きでしたが、さみしがりやな一面もあったのだそう。

池田鉄洋さんと妹は、母親の職場に連れていかれることも多かったそうで、幼いころから芸能界を垣間見ながら育ちました。

母親は「遊びすぎてごめん」と謝るようなこともあったそうですが、そんな母親の影響で、池田鉄洋さんは面白い生きざまを自然と学んだと言います。

母親の命日には、幼少期の母子ショットを公開し、演出家として忙しい中でも家族の思い出を大切に振り返る姿が見られます。

両親の自由奔放で個性的な生き方が、池田鉄洋さんの多才なキャリアを育んだ基盤となったのかもしれません。

 

なぜたべっ子どうぶつの脚本?

池田鉄洋さんは脚本家としては池田テツヒロ名義で活動しています。

人気お菓子「たべっ子どうぶつ」の劇場アニメ映画『たべっ子どうぶつ THE MOVIE』の脚本を手がけ、話題を集めました。

企画の始まりは、プロデューサーがギンビスの営業車に貼られたキャラクターを見て「3DCGアニメにしたら面白い」と閃いたことだそうです。

竹清仁監督の推薦で池田テツヒロさんに声がかかり、プロット作りから参加。

 

 

当初30パターン以上のプロットを考え、コロナ禍のリモート会議を重ねながら紆余曲折を経て完成させました。

原作にお菓子のキャラクターはあっても物語がないため、ゼロベースからの創作は非常に難航。

一度完成した脚本を白紙に戻す大胆な決断もあり、約3年もの時間を費やしました。

「命をかけて誰かを救うスペクタクル」を取り入れ、お菓子が命を宿す世界観や肉食・草食動物の共存など、独自のアイデアを盛り込みました。

池田鉄洋さんは「すみっコぐらし」のような方向性から始まり、荒唐無稽な要素やキャラクターのモフモフ感を追求。

監督やプロデューサーとのブレインストーミングで、みんなの「変態性」(情熱)を詰め込んだ不思議で楽しい作品に仕上がりました。

知育お菓子の英語表記要素もストーリーに織り交ぜるなど、細部へのこだわりが光っています。

 

 

池田鉄洋さんの下積み時代は?

池田鉄洋さんの下積み時代は長く、20年以上に及びました。

1993年に劇団「猫のホテル」に入団し、舞台を中心に活動。

ガードマンや清掃などのバイトをこなしながら、毎日稽古に励む貧乏生活を送っていました。

家は風呂なし共同トイレの家賃2万5000円のアパート。

大学も夜間コースで通い、食事はご飯に納豆をかけるだけの日々がほとんどでした。

そんな中、週に一度の楽しみが三軒茶屋のちゃんぽん屋「長崎」の煮込み定食。

25年以上通い続けるほどの愛着で、「これで1週間乗り切る」と自分を鼓舞していたそうです。

2004年に劇団内でコントユニット「表現・さわやか」を立ち上げ、劇作家・演出家としても頭角を現します。

しかし、テレビドラマ『TRICK』への出演が2005年と、ブレイクは40代近くになってから。

四畳半の部屋で8年間暮らすなど、苦労を重ねながらもひたむきに芸能の道を進みました。

下積み時代に培った経験は、今の多角的な活躍の糧となっています。

脚本・演出を手がける際は「池田テツヒロ」として俳優業と区別し、自由な創作を追求。

家族を得てからは、子育ての視点も作品に活かされ、より人間味あふれるストーリーを生み出しています。

現在も舞台、ドラマ、映画、声優、アニメ脚本と幅広く活躍する池田鉄洋さん。

娘たちと過ごす時間や、家族の支えが彼の原動力となっているようです。

これからも「池鉄」らしい個性で、私たちを楽しませ続けてくれることでしょう。