ヤマザキマリの夫や息子は?マンガやブログは?インスタやツイッターは?

クリエイター・声優・キャラクター

マンガ家、イラストレーターとして活躍のヤマザキマリさん。

 

1967年生まれで、出身地は東京都ですが、育ちは北海道千歳市。

 

 

母親はヴィオラ奏者で、神戸に住んでいましたが、音楽では食べていけないという考えの両親の反対を押し切り、札幌に創設された札幌交響楽団に入るために移住。

 

母親は、札幌交響楽団初の女性メンバーだったそうです。

 

「なぜ、自宅は札幌ではなく、千歳に?」と思いましたら、飛行場があるから東京と行き来がしやすいという理由で千歳の団地に住んでいたといいます。

 

父親も札幌交響楽団に所属し、指揮者をされていましたが、ヤマザキマリさんが生まれて間もなく早世。

 

その後母親は再婚し、異父の妹が誕生していますが、演奏活動のため帰宅が遅く、家を空けることも多かったそうで、幼い頃から食事など妹の面倒をみてきたそうです。

 

過酷な話ですね…。

 

たまに母親が出演するコンサートを見せてもらうことがあり、席は最前列の優良席でうらやましい限りと思いきや、子供にとってはつまらないクラシックを長々と聞かされてつまらなかったそう。

 

しかし、落ち着きなく座っていると、母親が自分たちを気にして指揮者を見なくなるので、間違えては大変と幼ごころに感じ、おりこうさんに座っていたそうです。

 

コンサートの長時間の退屈をしのぐために、頭の中で物語を考え、時間つぶししていたそう。

 

これが、現在の創作活動につながっているのですね(笑)。

 

 

学歴についてですが、小学校、中学校は千歳市立千歳小学校と千歳市立千歳中学校。

 

母親が香港の楽団に入ることになり、ヤマザキマリさんが9歳の頃、当時まだイギリス領だった香港に住んでいたこともありました。

 

母親は国内外の演奏があると姉妹を学校を休ませて連れていくことがあり、海外でも母のコンサート会場まで自分で公共交通機関に乗るなど術を備えたそう。

 

高校は東京にあるミッションスクールの女子高校という情報がありますが、特定できませんでした。

 

その高校もイタリア留学を決めたことから1年生で中退し、その後語学専門学校の「アテネ・フランセ」でご核力を高めました。

 

そして17歳にしてイタリア留学され、フィレンツェの美術学校で11年間油絵を学びました。

 

イタリアでの出会い、別れについてはこの後順を追ってお伝えしますね。

 

 

ヤマザキマリの夫や息子は?

 

ヤマザキマリさんと旦那様との出会いは、まるで一つの物語のようです。

 

ヤマザキマリさんが14歳の冬休みに母親と一緒にヨーロッパ旅行へ行く予定でしたが、演奏会が入り母親が行けなくなってしまいました。

 

母親から「一人で行ってくる?」と聞かれ、なんと中学生のヤマザキマリさんは1か月という長期間のヨーロッパ一人旅に出ることを選択。

 

フランスからドイツへ移動中の列車で、ヤマザキマリさんの人生に大きくかかわる人物に出会います。

 

ちょうど乗り合わせたイタリアで陶芸作家として活躍のマルコ・タスカというおじいさんに、「家出か!」と「まだ10歳くらいで一人旅とはどんな母親だ。」などとすごい剣幕でいわれたそう。

 

当時、ロンドンで美術留学を考えていたヤマザキマリさんがそのことをおじいさんに伝えると、「美術を勉強するならイタリア以外ないだろ!」と言われたことから帰国後、母親を含めたおじいさんとの交流が始まりました。

 

そしてヤマザキマリさんが17歳になった時にマルコじいさんの言う通りイタリアへ留学。

 

学生時代に友人と住んでいたシェアルームの隣人だった自称詩人と11年間も交際。

 

しかし、子供の妊娠がわかってからも彼氏は風来坊のようで、ヤマザキマリさんは学業かたわら自営のアクセサリーショップで商売を続け、帰宅後食事の支度をして待っていても帰ってこないことがあったりの生活。

 

詩人ってこういうものだと言い聞かせ交際をつづけていましたが、子供の誕生で気持ちは一転します。

 

息子が誕生したタイミングで、二人でサブビジネスとして立ち上げたアクセサリショップが倒産し、借金の支払いに家財道具まで奪われた状態。

 

息子は自分がいなくては生きていけないけど、彼氏は大人だから生きていけると考え、引き留める彼氏と何とか別れ、日本へ帰国しました。

 

母親には帰国するまで、息子の誕生を伝えていませんでしたが、会うなり「孫の代までは責任持たなくちゃね」と言ってくれたそうです。

 

息子の名前は黒澤明監督の映画「デルス・ウザーラ」に登場する老人デルスから名をもらい、「デルス」という名前をつけました。

 

 

ヤマザキマリさんは北海道へ住み、北海道大学や札幌大学でイタリア語の大学講師をしたり、マンガを描いたり、地方局であるSTVで温泉リポーターとして活躍し生計をたてます。

 

帰国後も日伊の文化交流の一環として、文化財の鑑定や資料の収集などを行う「キュレーター」として日本とイタリアを行き来していました。

 

 

その間、それまで名前だけは聞いていたマルコじいさんの孫であり、後にヤマザキさんの旦那様となるペッピーノさんと出会います。

 

ペッピーノさんは、比較文化研究をされている方で、ヤマザキマリさんの14歳年下(15歳と記載のものもみられる)。

 

比較文化について記載すると長くなるので、気になる方はこちらから→コトバンク「比較文化とは」

 

初対面でしたが、ルネサンス時代の歴史家のマニアックな話題で盛り上がり、すぐに意気投合。

 

知識も豊富なヤマザキマリさんに、強く心を惹かれてしまったのでしょう。

 

帰国後、分厚いラブレターが頻繁に届くようになり、ある時ペッピーノさんから国際電話がかかってきました。

 

その際、ペッピーノさんは切羽詰まった声で「ボ、ボクと結婚してください。」とプロポーズが。

 

あまりの必死な様子に気持ちが飲み込まれ、ヤマザキマリさんは「いいよ、わかったよ。結婚だけでいいの? 他にはないの!?」と答えたそうです。

 

当時旦那はカイロ大学に在籍していたので、結婚式はエジプトにあるイタリア大使館で行っています。

 

14歳のあの時、旅行へ行っていなかったら…、電車でマルコじいさんとは違う車両に乗っていたら、旦那様と出会ってなかったと思うと、本当に運命の出会いと感じます。

 

再婚した時、息子は7歳でしたが、義理の父親とは関係は良好。

 

大学を決める時も、理数系が得意だった息子はイリノイ州にある大学で将来エンジニアとして活躍するための勉強をするつもりで、入学金や寮も申し込んだのですが、

 

一番最後にハワイ大学からの合格通知が届き、旦那と息子から日本にいるヤマザキさんに「ハワイに見学に行ってきてもいいでしょうか?」と連絡が来ました。

 

大学のレベルとしてはイリノイ州の大学の方が上でしたが、ハワイに到着したという連絡から4,5時間後には「ハワイ大学へ入学します。」と連絡が来たそうです。

 

ハワイの気候の良さや、イリノイの大学とは違うのんびり感のあるカリキュラムに息子らしく過ごすことができればと、息子の意思を尊重したのでしょう。

 

旦那と息子の行動力も素晴らしいですね。

 

 

マンガやブログは?

 

ヤマザキマリさんのマンガの代表作といえば「テルマエ・ロマエ」。

 

テルマエ・ロマエとは、ラテン語で「ローマの浴場」という意味です。

 

映画化もされ、世界20か国から興行収入はなんと58億円という大ヒットとなり、注目を集めました。

 

 

余談ですが、映画が大ヒットしたのに、原作者には少額しか支払われないという不当契約で「海猿」の時ももめていましたよね…。

 

話はもどりまして「テルマエ・ロマエ」は、海外でで暮らしていた時にたっぷりと湯を張はったお風呂に入りたいという心の渇望から生まれた作品といいます。

 

 

ホームセンターで購入した大きな桶のようなものにお湯をはって漬かってみますが、浅くて日本のお風呂とは程遠いもので満足できず…。

 

古代ローマの入浴施設の遺跡がそこら中にあるのに、なぜ現代にはなくなってしまったのか、と疑問を持ちます。

 

イタリア人夫はそんな様子を笑っていたそうですが、古代ローマ人なら日本の浴場の良さを分かってくれるはずだと反論。

 

銭湯、温泉に入りたいという強い思いから、古代ローマ人が日本のお風呂にはいったらどうなるだろう?という発想につながっていきました。

 

テルマエ・ロマエの他にもギリシャ人と東京オリンピックを題材とした「オリンピア・キュクロス」など出版されています。

 

 

自身が描くマンガ作品のみならず、他の方の作品の表紙絵を描くことも。

 

 

北海道の菓子ブランド「morimoto」が販売する銘菓「雪鶴」のパッケージデザインもヤマザキマリさんが描いています。

 

 

 

 

そして、ヤマザキマリさんのブログですが、エキサイトにブログを開設されています。

 

 

ヤマザキマリさんのイラストはもちろん、海外の画像も満載のブログです。

 

ぜひ、ご覧くださいね。

 

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インスタやツイッターは?

 

ヤマザキマリさんはインスタを開設されています。

 

インスタのアカウント名は「thermariyamazaki」。

 

お仕事合間の画像やかわいい愛猫、そして昆虫・・・。

 

ヤマザキマリさん、無類の昆虫好きなんですよね。

 

幼い頃、母親が不在の寂しさを埋めてくれたのは、虫たちだったそう。

 

大人になってからもお仕事合間に虫取りをすることも。

 

2020年の夏、世田谷にある自宅のベランダに50匹を超えるカブトムシのサナギを飼っているという話が見られました。

 

50匹のサナギ…想像するだけでゾワッとしてしまいます(笑)。

 

今回はここまでです。
これからも、ヤマザキマリさんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!

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