国広富之の嫁や息子・娘は?若い頃や現在は?水沢アキとなぜ婚約破棄?絵やデザイン上手?

俳優

国広富之さんのプロフィール

 

国広富之さんは、俳優として長年活躍を続けながら、画家としても精力的に作品を発表する多才な表現者です。

 

国広富之さんは1953年4月23日生まれ、京都府京都市左京区出身です。

 

 

父親は松竹から独立してテレビや映画の制作会社を経営しており、業界の裏側をよく知る環境で育ちました。

 

幼少期の具体的なエピソードは公に多く語られていませんが、家族の仕事柄、映像や制作に親しむ機会は自然とあったと考えられます。

 

学生時代は京都府立亀岡高校農林土木科を卒業後、京都学園大学経済学部に進学し、無事卒業しています。

 

大学在学中から映画のエキストラアルバイトを経験し、俳優の道を志すようになりました。

 

父親は当初、俳優という職業の厳しさを理由に反対していましたが、最終的に「2~3年やってみてダメなら」という条件で了承し、なんと国広富之さんのマネジメント会社まで設立してサポートしてくれました。

 

この両親の後押しが、後の芸能活動の基盤となったと言えるでしょう。

 

大学卒業後は松浦竹夫演劇研究所で演技の基礎を学び、1977年にTBSドラマ『岸辺のアルバム』で俳優デビューを果たしました。

 

同年にゴールデンアロー賞放送新人賞やテレビ大賞新人賞を受賞するなど、華々しいスタートを切っています。

 

以降、『噂の刑事トミーとマツ』シリーズをはじめ、数多くのドラマや映画、舞台で活躍を続け、現在も俳優業を続けながら新たな表現の場を広げています。

 

身長は171cmで、同年代の男性としては比較的高めです。

 

愛称は「トミー」として親しまれています。

 

 

国広富之さんの嫁や息子・娘は?

 

国広富之さんは1988年6月13日に結婚しています。お相手は10歳年下の柳平寿美さんで、共通の趣味であるスキューバダイビングが縁となったそうです。

 

柳平寿美さんはバイオリニストとして活動しており、音楽講師としても知られていますが、詳細な公の活動は控えめです。

 

国広富之さんは結婚以降、家族を大切にする姿勢を崩さず、プライベートを静かに守りながら芸能活動と画家業を両立させています。

 

国広富之さんには二人の娘さんがいらっしゃいます。

 

次女は谷内里早さんで、1993年12月11日生まれ、東京都出身です。

 

谷内里早さんはファッションモデル、女優、シンガーソングライターとして活躍しています。

 

2008年、日本テレビ系列の終戦60年スペシャルドラマ『火垂るの墓』で本城昭子役を演じて女優デビューを果たしました。

 

当時14歳という若さで注目を集め、「すイエんサー」や、その後も雑誌『ピチレモン』の専属モデルを務めたり、映画『魔法少女を忘れない』でヒロインを演じたりするなど、着実にキャリアを積み重ねました。

 

目のあたりが父親似と言われることもあり、親子で共演した番組では温かいエピソードが語られました。

 

現在も芸能活動を続け、モデルや女優として存在感を発揮しています。

 

長女さんについては芸能界入りしたという情報はなく、プライベートを大切にされているようです。

 

息子さんについては、一部で1999年頃に誕生したという話が見られますが、国広富之さんご本人や公式からの確認された情報ではなく、確証はありません。

 

家族構成としては二人の娘さんが公に知られる形で登場しており、息子さんがいらっしゃる場合もメディアに登場する機会はこれまでありませんでした。

 

 

国広富之さんの若い頃や現在は?

 

若い頃の国広富之さんは、1970年代後半から1980年代にかけてイケメン俳優として人気を博しました。

 

デビュー当時の眼力のある表情や爽やかなルックスは、多くのファンを魅了したことでしょう。

 

1977年のデビュー以降、『噂の刑事トミーとマツ』などの作品で注目を集め、甘いマスクと存在感で支持されました。

 

 

現在もダンディーな風貌を保ち続けています。

 

俳優業だけでなく、画家としての活動も活発で、2026年2月には京王新宿店での個展を開催するなど、精力的に表現を続けています。

 

年齢を感じさせないエネルギーで、俳優と画家の両立を図る姿は、多くの人々に感銘を与えています。

 

 

水沢アキさんとなぜ婚約破棄?

 

国広富之さんは1983年6月、ドラマの共演をきっかけに知り合った女優の水沢アキさんと婚約を発表しました。

 

当時、人気者同士の美男美女カップルとして注目を集め、結婚式の教会予約やウェディングドレスの準備も進んでいました。

 

しかし、婚約は破棄されることになります。破棄の理由は、国広富之さんが当時別の女性(赤木春恵さんの娘・野杁泉さん、当時26歳)と二股交際をしていたという報道がきっかけです。

 

水沢アキさんはスキューバダイビングの予定をキャンセルした国広富之さんが、別の女性と旅行に行ったことをメディア報道で知り、強い不信感を抱きました。

 

婚約指輪を送り返し、記者会見で涙ながらに「騙されるところでした。マスコミの皆様に教えていただいてありがとうございました」と語った姿が印象的でした。

 

水沢アキさんは「道徳心のない人は嫌いです。交際はもう白紙です」と当初宣言したものの、国広富之さんがハワイまで追いかけて説得するなどしたものの、信頼は回復せず破談となりました。

 

この出来事は当時の芸能スキャンダルとして大きく報じられ、国広富之さんにとっても大きな転機となりました。

 

以降、国広富之さんはプライベートを大切にし、1988年の結婚以降は家族を中心に穏やかな生活を送っています。

 

水沢アキさんも後に別の結婚をし、自身の経験を振り返る中で前向きな言葉を残しています。

 

 

この婚約破棄は、両者にとって苦い思い出となった一方で、それぞれの人生の次のステージへとつながった出来事と言えるでしょう。

 

絵やデザインは上手?

 

国広富之さんは28歳頃から絵を描き始め、現在まで約45年にわたり続けています。

 

1990年に初個展を開催して以来、毎年個展を開き続け、多い年には年間250点もの作品を仕上げるほどの集中力と情熱を見せています。

 

作風はダイナミックでパワフルな抽象画が中心で、「幸せエネルギーをたっぷり含めた絵」「ハイヤーセルフに赦される存在たち」「聖なる次元へのまなざし」といったテーマで、心の内面やエネルギーを表現しています。

 

油彩や版画を中心に、観る人に自由に感じてほしいというメッセージを込めています。

 

 

近年も京王新宿店での個展や銀座での展示、フランス国民美術協会(SNBA)への出品など、画家としての活動を積極的に展開しています。

 

新極美術協会常任理事も務め、俳優業と並行しながら芸術の分野でも高い評価を得ています。

 

また、着物のデザインを手がけるなど、表現者としての幅広さも特徴です。

 

絵画を通じて「心で見てください」と語る国広富之さんの姿勢は、俳優としての経験と重なり、観る人に深い印象を残します。

 

多忙な芸能生活の中でこれほど絵に没頭できるのは、並々ならぬ集中力と創造性があるからこそでしょう。

 

国広富之さんは俳優としてデビュー以来、約50年にわたるキャリアを積み重ねてきました。

 

『赤い絆』や『神様なぜ愛に国境があるの』などの作品で印象を残し、大河ドラマ『麒麟が来る』では細川晴元を演じるなど、時代劇から現代劇まで幅広い役柄をこなしています。

 

歌手としても活動した時期があり、多面的な才能を発揮してきました。

 

現在も高岡事務所に所属し、俳優業と画家業を両立させながら、年齢を感じさせないエネルギーで活躍を続けています。

 

家族との時間や絵画制作を通じて得た「幸せエネルギー」を、作品や役柄に込める国広富之さん。

 

その誠実で前向きな姿勢は、長年のファンだけでなく、新たな世代にも響くものがあります。

 

これからも俳優として、画家として、さらなる表現の深化が期待されます。

 

今回はここまでです。
これからも、国広富之さんの活躍を期待しています。
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