米本学仁の嫁や子どもは?ドラム上手?インド・ハリウッド俳優?学歴や英語力は?
もくじ
米本学仁さんのプロフィール
米本学仁(よねもとたかと)さんは、1979年3月9日、宮城県仙台市に生まれました。
幼少期は大阪府で育ち、内気な性格で部屋の片隅にこもってレゴブロックで宇宙船を作り続けるような子どもだったそうです。

学歴は京都産業大学外国語学部を卒業しています。
外語学部を選んだ理由は、高校生の頃に世界紛争のニュースに心を痛めたことから、
「世界を平和にする手伝いができる国連職員か、子どもに平和の大切さを伝えることができる教師になりたい。」
と、考えたからなのだそう。
大学卒業後は、高校時代の思いを忘れてたのか、山奥の精神病院の受付と当直の仕事につきました。
そして2006年頃、イスラエルとパレスチナの紛争のニュースに心を痛め、「見知らぬ誰かへの思いやり、その元になる想像力」を持つのは難しいことなのだと痛感。
幼少期に両親が不仲であったことや、学校でも引っ込み思案で、自分の居場所がないと感じていたそう。
家や映画館で映画を見ている時が、一番現実逃避できて楽しかったといいます。
自身は映画から思いやりや想像力を学ぶことが多かったと思うことから、映画制作に携わりたいと考え即行動に移します。
身長も、体重も「180」?という、作品でも、一度見たら忘れないと言えるほどインパクトがある存在感で、活躍されています。
嫁や子どもは?
米本学仁さんは、2020年に結婚。
米本学仁さんの妻は米本薫さん。
薫さんは東京大学文学部哲学科を卒業後、同大学院で哲学の修士課程を修了。
コンサルティング会社で約10年間勤務した後、壁画アートを手がける株式会社OVER ALLsに入社し、取締役・最高戦略責任者(CSO)を務めていました。
二人の出会いは2020年。
米本さんはOVER ALLsの社長・赤澤岳人さん(ヒゲ仲間で同名「タカト」)とFacebookで知り合い、帰国時にオフィスを訪問。
そこで案内してくれた社員が薫さんでした。
訪問後の食事会で赤澤さんが「ヨネちゃんのこと、気に入ったんじゃない?」と聞くと、薫さんは即座に「ハイ、好きです」と答えたそうです。
当時の米本さんはコロナ禍でハリウッドの仕事が止まり、拠点もアメリカのまま。
遠距離かつ不安定な状況だったため、すぐには交際には進みませんでした。
出会って約1ヶ月半後、米本さんが「自分は内気で仕事も不安定かもしれない」と弱音を吐露すると、薫さんは「大丈夫。気にしないでいい。そのままでいいから飛び込んでおいで」と返答。
米本さんは「じゃあこんな流れだけど、結婚する?」とプロポーズし、薫さんは「うん、しよう」と即答したといいます。
交際期間0日、2020年11月22日に入籍しました。
薫さんは幼い頃から声にコンプレックスがあったそうですが、米本さんが「声が素敵だ」と褒めてくれたことで「自分が存在して良い」と感じ、一目惚れに近い感情を抱いたそうです。
米本さんにとっても薫さんは「絶対的な安全地帯」なのだそうで、お互いの弱さを丸ごと受け止める関係が、今も夫婦の絆の中心です。
現在、薫さんは米本さんの個人事務所「SUPER UNIVERSAL合同会社」の社長兼マネージャーを務めており、仕事では結婚前は「若島薫」名義でしたが、結婚後は「米本薫」名義で活動しています。
子どもについては公表されておらず、夫婦二人で「愛と想像力」をテーマにした活動に取り組んでいます。
ドラム上手?
米本学仁さんのドラムに関するエピソードは、学生時代に遡ります。
京都産業大学在学中、軽音サークルに所属し、バンドでコーラスや賑やかし役を担当していました。
当時、ドラムを少し体験しましたが、「下手くそな姿を人に見られるのが怖くてすぐに逃げ出してしまった」という話が見られました。
ただ叩きたいという純粋な憧れだけが心に残り、長年米本さんの中でくすぶり続けたようです。
2023年9月、King Gnuの『SPECIALZ』(『呪術廻戦』渋谷事変OP)のMVに出演。
泥まみれの激しいアクションシーンで、TBS日曜劇場『VIVANT』で共演した富栄ドラムさんと共演。
米本さんは自身のX(@takato_yonemoto)で「精一杯生きました!めちゃくちゃカッコいい!」と投稿。
カオティックな映像世界で180kgの巨体が暴れ回る姿が話題になり、MVは現在1億回再生を突破しています。
音楽と映像の融合に俳優魂を燃やした、まさに「参加する」音楽体験でした。
プロ級の腕前とは言えませんが、米本さんのドラムへの想いは強いようで、いつかドラムでファンを楽しませてくれることもあるかもしれません。
ドラム愛も、俳優業の表現力を豊かにしてく一因となりそうですね。
インド・ハリウッド俳優?
2003年に大学を卒業した後、プロデューサーを志して2007年にアメリカへ渡米。
映画制作に携わりたいと考え、映画を学ぶなら、ハリウッドへ!と2007年に渡米したというかなりの行動力の持ち主。
制作側で活躍のつもりが、役者の道へ進むこととなった転機は、2011年2月頃。
「なかやまきんに君の筋肉留学卒業公演」の制作に参加したことでした。
なかやまきんに君とフードコートでラーメン食べている時に「映画に出演しないか?」とスカウトされました。
自分は制作の方で活躍したいので、きんに君を…と伝えたそうですが、「恰幅の良い人を探している。」といわれ、承諾。
そして、デビュー作となった映画が2013年に公開の「47RONIN」。
主人公役のキアヌ・リーヴスと親しく、ともに戦うという、なかなかの立場で、役者デビューされています。
元々は、制作側の人間になろうと思っていましたが、「47RONIN」の共演者たちに大きな影響を受け、役者を続けたいと思い、現在に至っています。
というわけで、米本学仁さんは逆輸入俳優とも呼ばれています。
以降、アメリカを拠点に映画、ドラマ、CMで活躍。
ニコラス・ケイジさん主演の『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』や、メキシコ映画『The Kids Are Back』では日本人役を熱演し、スペイン語圏でもファンを獲得しました。
CMではAdidas、Nike、Apple、Toyotaなど大手ブランドに起用され、プラスサイズモデルとしても注目を集めています。
2025年3月には、インドでのデビューを果たしました。
電動バイクのCMキャンペーンで、力士のような堂々たる姿でバイクに跨る姿が話題に。
インドのテレビやオンライン配信で広く放送され、現地メディアから「ハリウッドの巨漢俳優」として取り上げられました。
ハリウッドでの苦難を乗り越え、今や日本に逆輸入される存在となった米本さんは、2025年配信予定のNetflix作品『匿名の恋人たち』でくま社長役を演じるなど、多国籍プロジェクトに次々と参加しています。
インド進出は新たなマイルストーンで、将来的にボリウッド映画への出演も期待されます。
学歴や英語力は?
米本学仁さんの学歴は、京都産業大学外国語学部を2003年に卒業したものです。
この学部で英語を中心に言語を学び、国際的な視野を広げました。
学生時代は大阪から通学し、軽音サークルでのバンド活動が青春のハイライト。
創造性やチームワークを養ったこの時期が、後の渡米を後押ししたと言えます。
高校については詳細が公表されていませんが、大阪育ちの環境から、地元の進学校で英語教育を受けていた可能性が高いです。
英語力については、渡米当初はゼロに等しく、イミグレーションの質問すら聞き取れず、笑顔でごまかすしかありませんでした。
半年間の語学学校通いで基礎を固め、俳優デビュー時には流暢な会話が可能に。
ハリウッドの現場で監督や共演者と議論を交わすレベルまで上達し、現在は日本語、英語、関西弁のトリリンガルです。
ハリウッドの厳しさを経て日本に戻り、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や『どうする家康』で武士役を演じる姿は、観る者に感動を与えます。
今後も彼の活躍から目が離せません。
今回はここまでです。
これからも、米本学仁さんの活躍を期待しています。
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