吉永みち子の夫と子供は?モーニングショー降板理由!若い頃画像!年齢は?松島トモ子と親友!

2021年5月23日クリエイター・声優・キャラクター, ジャーナリスト・教育者・コメンテーター

元新聞記者で、現在は作家・エッセイスト・コメンテーターとして活躍の吉永みち子さん。

 

1950年生まれで、出身地は埼玉県川口市。

 

 

父親が60歳、母親が40歳の時に、下宿屋の娘として生まれますが、9歳の頃に父親は他界。

 

母親が下宿人から難しいことを言われているのを見ると下宿人に「女子供しかいないと思って甘く見ないで。じゃあご飯は自分で食べてね。お母さん明日から一人分ごはんつくらなくていいよ!。」と、威勢のいい少々小生意気な娘だったそうです。

 

中学生時代からアルバイトをして家計支えていました。

 

さらに母親から母子家庭だということで見下されないようにと言われており、学校ではいつもトップの成績をとっていたそうです。

 

 学歴は、埼玉県立浦和第一女子高校から、東京外国語大学へ入学。

 

外国語学部インドネシア語学科で学び、卒業されています。

 

通訳の仕事をしたいと思い大学を選びましたが、大学紛争真っただ中の時代であったため、大学生活のほぼ2年間は授業を受けることができず、まともに言語を習得することができなかったので断念。

 

学生時代、言論についても多く制約があったのですが、なぜか競馬の話はいくらしていても咎められることがなかったそう。

 

そこで大学卒業後、中央や地方の競馬情報新聞などを発行している「立馬株式会社」へ入社。

 

吉永みち子さんは、女性競馬新聞記者に初めてなった人物です。

 

2年ほどで退社し、次は夕刊紙の日刊ゲンダイの記者になりました。

 

結婚を機に退社。5年ほど専業主婦として過ごし、作家として復帰。

 

1984年に出版した「気がつけば騎手の女房」が「第16回大宅壮一ノンフィクション賞」を受賞し、一躍世間に名前が知れ渡ります。

 

執筆者としての活躍のみならずコメンテーターとしてメディアに登場されたり、政府の各委員会のメンバーとして招集されています。

 

元総理大臣であった、故・宮澤喜一氏は、「もし民間から女性の大臣を選ぶなら吉永みち子さん」と言ったことがあったそう。

 

政府の税制調査会のメンバーとして呼ばれた吉永みち子さんが、学者や政府の財政に詳しい人たちに混ざって、主婦目線で「これはおかしいと思うの。」と臆することなく自分の意見を述べる姿に感銘を受けていたといいます。

 

「偉大なる普通の人」というタイトルで紹介している週刊誌もあります。

 

多くの人に慕われる偉大な日本の母ですね。

 

 

吉永みち子の夫と子供は?

 

1977年に吉永みち子さんは結婚。

 

となった方は、競馬騎手として活躍の吉永正人さん。

 

夫の方が9歳年上であり、前妻が病気で亡くなっていたため再婚でした。

 

前妻との間に1男2女の子供がおり、仕事があるため子供たちは実家に預けて家族バラバラで暮らしているのもかわいそうと思い、長年の夢だった家族でちゃぶ台を囲む夢を一気にかなえてしまおうという気持ちもあり、結婚したといいます。

 

吉永正人さんとの間に男の子が誕生し、夫婦と子供が4人そして、後に吉永みち子さんの母親も同居するようになり、7人の大家族で暮らしました。

 

作家として復帰し、「大宅賞」受賞したさいに取材した人が「そのときはまだ物書きというより、4人の子どもと実母に関わる普通のお母さんという感じだ」と吉永みち子さんの印象について語っています。

 

どんなに世の中に地位を築いても、決して偉ぶることなく、謙虚な方なのですね。

 

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