永島敏行は現在車椅子?嫁と娘は?若い頃画像!農業?学歴・大学は?

俳優

俳優として活躍の永島敏行(ながしまとしゆき)さん。

 

1977年に公開の映画「ドカベン」の長島徹役が、デビュー作です。

 

デビュー翌年の1978年、自身が22歳の時に公開された映画「サード」で主演を務め、演技力が高く評価されました。

 

その後は作品の中心人物となる役を多く演じるようになりました。

 

 

永島敏行は現在車椅子?

 

先に結論をお伝えしますと、永島敏行さんが車椅子に乗っていたのはドラマでの役柄の話です。

 

2018年の3月に放送された「BG身辺警護人」の最終回に車椅子で登場されたようです。

 

ドラマで永島敏行さんは、日ノ出警備保障の社長役。

 

放送終了後、「なぜ車椅子?」「次のストーリーの伏線?」「なぜ車椅子なのか、早く続きが見たい!」という内容のツイートがみられました。

 

「BG身辺警護人」について永島さんがインタビューに答えている記事にも、ドラマの内容や自身の役柄の設定に謎が多いけれど、まだ教えてもらっていないとコメントされています。

 

続編や、映画として劇場版につながるのでは?と視聴者の声が見られますが、現在のところ残念ながら続編などの公式発表はありません。

 

期待したいですね。

 

 

嫁と娘は?

 

永島敏行さんは、1979年に一度結婚していますが、半年で離婚という話がみられます。

 

人気絶頂期ということも逆にプライベートにはマイナスの要因となってしまったのでしょうか?

 

現在の奥様とは1989年に結婚しています。

 

奥様は一般人ということで、どんなお仕事をされていたのか、なれそめなどは不明。

 

ただ、年齢は7歳年下ということです。

 

子供についてですが、結婚の翌年、1990年に娘が誕生しています。

子供は娘が一人のようですね。

 

娘は芸能事務所のマネージャーをしているという噂がありましたが、確証にいたる記事が見当たりませんでした。

 

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若い頃画像!

 

映画「サード」主演で一躍注目を集めるようになったのはまだ20歳代前半のことでした

 

 

他にも、永島敏行さんの若い頃画像!←こちらからご覧ください

 

キリリとした眉毛と、偽りのないまっすぐな瞳に心を奪われてしまいますね。

 

 

農業?

 

農業俳優」という異名を持つ永島敏行さん。

 

農業を始めるきっかけとなった出来事は、1988年イギリスの劇作家の家に4か月ほどホームステイをした時に、「自分の生き方を語るものが欲しい」と思ったことからなのだそう。

 

1993年に秋田県十文字町(現横手市)で初めて米作りを学びました。

 

以後、十文字町や出身地である千葉県などで、友人とともに地元の農家の協力でコメ作りにチャレンジしています。

 

 

 

現在は、俳優業の他に、「有限会社青空市場」の代表取締役としても活躍されています。

 

各地方自治体と提携し、農畜産物・水産物の販売などを行ったり、実際に農業に携わる人材育成などに尽力しているそうです。

 

イギリス留学から農業の虜になってしまったのですね。

 

学歴・大学は?

 

永島敏行さんの学歴は、千葉市の蘇我小学校・蘇我中学校を卒業し、千葉市立千葉高校に入学・卒業。

  

大学は、専修大学文学部人文学科で学び、卒業されています。

今回はここまでです。
これからも、永島敏行さんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!

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