川越達也 水で炎上メディアから消えたレストラン0件…再々婚の嫁と娘との現在の素顔 コラージュ人気

かつて「イケメンシェフ」としてテレビを席巻した川越達也さん

水を巡る炎上をきっかけにメディアから姿を消し、経営していたレストランもゼロになったと話題になりました。

しかし現在は再々婚した妻と3人の娘に囲まれ、家族中心の生活を送りながらYouTubeなどで活動を再開しています。

ネットでは昔からコラージュが人気で、本人も好意的に受け止めていました。

ここでは川越達也さんの生い立ちから現在の素顔までを丁寧にまとめます。

 

 

川越達也さんのプロフィール

川越達也さんは1973年3月日生まれです。

出身地は宮崎県東諸県郡国富町。

血液型はO型で、身長は166cmです。

宮崎県立本庄高等学校を卒業後、大阪あべの辻調理師専門学校でフランス料理を専攻しました。

卒業後は大阪や神戸、東京でフレンチ、イタリアン、日本料理店などで修行を積み、数店舗で料理長を務めています。

 

項目詳細
生年月日1973年3月7日
出身地宮崎県東諸県郡国富町
血液型O型
身長166cm
学歴宮崎県立本庄高等学校、大阪あべの辻調理師専門学校
職業料理人、株式会社タツヤ・カワゴエ代表取締役

幼少期は決して裕福な家庭ではありませんでした。

家計が苦しく、雑草を食べた経験もあると本人が語っています。

母親は民謡の先生で、祖母は詩吟を習っていた家庭環境でした。

親戚に障害のある方が何人かいたこともあり、「川越家で何かあったら自分が助けられる人間になりたい」という思いを強く持っていたそうです。

小学校3年生のとき、冷蔵庫にあった冷飯やソーセージ、ピーマンを使って初めてチャーハンを作り、友達に振る舞ったのが料理の原点です。

味付けを感覚的に再現できたことが、後の「絶対味覚」と呼ばれる才能につながっていきます。

小学校から高校まで約10年間、野球に熱中していました。

ポジションはショートで、高校3年時には甲子園出場校に惜敗するほどチームを強くした経験もあります。

しかし体格の限界を感じ、プロへの道を諦めました。

「ちゃんと食べていけるようになりたい」という思いから、手に職をつける道として料理を志したのです。

専門学校を経て大阪のフランス料理店に就職しますが、バブル崩壊の影響で店が閉店。

神戸へ移った後、阪神・淡路大震災で被災し、上京してアルバイトを重ねながら修行を続けました。

 

レストラン経営と人気絶頂期

2000年に「ティアラ・K・リストランテ」をオープンし、独立を果たします。

ジャンルにとらわれないイタリアンをコンセプトに、独自のスタイルを打ち出しました。

2006年には店名を「TATSUYA KAWAGOE」に変更し、東京・代官山へ移転。

たちまち予約の取れない人気店となり、2ヶ月先まで満席になることも珍しくありませんでした。

テレビ朝日系「お願い!ランキング」などのバラエティ番組で辛口コメントと甘いルックスが話題を集め、「川越シェフ」の愛称で引っ張りだこになります。

ドラマ出演やCDデビュー、商品プロデュースなど、活動の幅も広げていきました。

ネットでは顔写真を使ったコラージュが爆発的に人気を博しました。

「川越シェフが○○している画像ください」という遊びが広がり、Adobeが公認のコラ画像コンテストを開催したほどです。

本人は「感謝しかないです。僕もたまに吹き出させてもらってます」と明るく受け止めていました。

 

水で炎上し、レストランが消えた経緯

人気絶頂の2013年、転機が訪れます。

経営するレストランに対し、グルメサイトで「水だけで800円も取られた」といった口コミが寄せられました。

インタビューで「当たり前だよ!いい水出してるんだもん」「年収300万円、400万円の人はそういう高級店に行ったことがないはず」などと持論を展開したことが、大きな炎上につながります。

水はボトルで800円だったにもかかわらず、伝え方や言い回しが問題視されたのです。

本人は後年「高級店の常識を当たり前にしていたことが、お客様にとって親切ではなかった」「生意気だったし、親切にすべきだった」と何度も反省の言葉を述べています。

 

項目内容
炎上時期2013年頃
きっかけレストランの水(ボトル800円)に関する口コミと発言
結果代官山などの店舗が次々と休業・閉店
メディア露出大幅に減少し、表舞台から遠ざかる

炎上後、代官山の店をはじめ経営していたレストランはすべて休業または閉店となりました。

メディア露出もきっぱりと控え、「世間から忘れられることを望む」と語るほどでした。

40代に入るタイミングで「自分をもっと成長させたい」「家族との時間を大切にしたい」という思いも重なり、表舞台から消えた形になったのです。

後にガラスに衝突して顔面を16針縫うケガを負ったことも、表に出にくくなった一因として語られています。

 

結婚歴と再々婚の妻との馴れ初め

川越達也さんの結婚歴は3回です。

24歳のときにソムリエの女性と結婚しましたが、約3年で離婚。

30代前半に一般女性と再婚するも、すれ違いを理由に再び離婚しています。

2016年、かねてより交際していた一般女性と再々婚し、第1子となる女児が誕生したことをブログで報告しました。

女性とは友人の紹介で知り合い、数年前から交際を続けていたそうです。

挙式・披露宴は奥さんの体調を見ながらとのことで、当時は未定とされていました。

 

結婚相手結果・備考
1回目ソムリエの女性24歳で結婚、約3年で離婚
2回目一般女性30代前半、すれ違いで離婚
3回目(現在)一般女性2016年入籍、3人の娘が誕生

現在の妻の実家が長野県にあり、子育てに適した環境を求めて移住を決めました。

長女が生まれた後、奥さんと子どもたちは長野に残り、川越達也さん自身は平日を東京で単身暮らし、週末に家族のもとへ通う生活を続けています。

宮崎での仕事も多いため、東京・長野・宮崎の3拠点を行き来する日々です。

 

現在の家族との素顔

現在は3人の娘を持つ父親です。

長女は心配性で「ママ!パパがこう言ってた!」と告げ口をするタイプ。

次女は素直で自分の機嫌に正直、三女はわが道を行く性格だと語っています。

長女と次女はバイオリンを習っており、上達していく姿に涙が出ることもあるそうです。

週末には一緒にキッチンに立ち、「今日はナポリタン作ります!」と料理を楽しむ時間も大切にしています。

学校の家庭科の授業に招かれ、長女をアシスタントにして料理を披露したこともあるといいます。

奥さんは最初、YouTube再開に不安を示していましたが、「お仕事としてしっかりやるなら」と背中を押してくれました。

子どもたちに「YouTubeを始めようと思うんだけど」と相談したところ、最初は「やだー、キモーい!」と予想外の反応だったそうです。

最近は喜んでくれるようになったと、ほほえましいエピソードも明かしています。

家庭菜園で育てた野菜やお米を毎日食べられる生活を「幸せ」と語り、子どもの行事には必ず参加するよう心がけているそうです。

 

活動再開と現在の仕事

2024年頃から本格的に活動を再開しました。

自身のYouTubeチャンネル「川越シェフだよ。」を開設し、料理研究家のリュウジさんとのコラボなどで話題に。

炎上した水を使ってパスタを茹でる企画では、苦笑いしながらも手際よく料理を披露し、懐かしむ声が多く寄せられました。

商品プロデュースやレストランのコンサルティング、宮崎での商品開発など、裏方としての仕事も続けています。

「上の子が小学校2年生になった。だいぶ大きくなったので、そろそろこういうお仕事もやってみようかなって」と、家族の成長を機に再び表に出る決意をしたようです。

水騒動から10年以上が経過した今、川越達也さんは反省の言葉を繰り返しながらも、穏やかな表情で家族との時間を大切にしています。

コラージュで親しまれたあの笑顔は、今も変わらず残っています。

表舞台から消えた時期があったからこそ、今の穏やかな素顔がより輝いて見えるのかもしれません。