三輪記子弁護士の旦那や子供は?実家はお寺?倉田真由美となぜ仲良し?グラビアは?

ジャーナリスト・教育者・コメンテーター

もくじ

三輪記子弁護士のプロフィール

 

三輪記子さんは、1976年10月24日生まれの京都府京都市出身です。

 

戸籍名は樋口記子さん。東京都にお住まいになり、弁護士としてだけでなく、タレントとしても幅広く活躍されています。

 

 

松竹芸能に所属し、情報番組のコメンテーターなどで親しまれています。

 

学歴は、同志社中学校、同志社高等学校を卒業後、東京大学法学部に進学しました。

 

その後、立命館大学法科大学院を修了されています。

 

大学時代には陸上部に所属し、新年早々に先輩方から誘われて指宿合宿に参加するなど、積極的に活動していました。

 

母親からは「女の子はかわいかったら生きていけるけど、あなたはかわいくないから男に頼らず一人で生きなさい」と育てられ、自立心が強く育ちました。

 

東京大学卒業後は外交官を目指していましたが、競争率の高さから断念。

 

大学時代に3回留年した時期、同じ京都出身の飲み仲間である映画監督の林海象さんから「お前は弁護士に向いている」と助言を受けたことがきっかけで、弁護士の道へ進みます。

 

しかし、新司法試験には7回落ち、約10年の苦労を経て2009年に合格。

 

2010年に弁護士登録をし、2012年に三輪記子法律事務所を開設しました。

 

この諦めない姿勢は、多くの人に勇気を与えています。

 

 

三輪記子弁護士の旦那や子供は?

 

三輪記子さんは、2015年6月15日に作家の樋口毅宏さんと結婚されています。

 

出会いのきっかけは、三輪記子さんが新幹線内で樋口毅宏さんの著書「タモリ論」を読み、号泣しながらTwitterに投稿したこと。

 

樋口毅宏さんがそれを見てサイン入りの本を事務所に送り、東京でお茶から交際に発展しました。

 

 

プロポーズは三輪記子さんからで、TBS系列「ビビット」出演が決まった際にマネージャーから「身を固めて」と言われ、「すみませんが、結婚してください」とお願いしたそうです。

 

現在も仲が良く、樋口毅宏さんが家事や育児の多くを担う家族スタイルを続けています。

 

お子さんは2人いらっしゃいます。

 

第一子は2015年秋に誕生した長男さんで、体重3766グラム、難産でしたが母子ともに健康でした。

 

 

第二子は2022年6月に誕生した長女さんで、逆子のため帝王切開での出産となりました。

 

高齢妊娠、不妊治療、2度の流産を経験しながらの2児出産で、ご家族の絆がより深まったとコメントされています。

 

 

実家はお寺?

 

三輪記子さんの実家は、浄土宗のお寺です。

 

祖父が長く寺を守り、父さんはサラリーマンとして働いていました。

 

家族構成は父さん、母さん、弟さんの4人家族です。

 

幼少期は、実家のお寺で過ごす時間が多く、お盆やお正月には本堂の掃除を手伝ったり、祖父からご飯を残さず食べる習慣や礼儀作法を教わったりしました。

 

小さい頃、本堂にあった地獄の絵が怖かったものの、目を逸らせずに見つめ続けていたそうです。

 

三輪記子さんはお寺で幼少期を過ごしたわけではありませんが、帰省時には本堂の掃除を手伝ったり、祖父母から家族の大切さを学びました。

 

お正月には家族で着物を着て過ごす習慣もあり、両親が今もお寺に住む中で、現実の厳しさや家族の絆を実感しています。

 

父さんは18歳の時に実父を亡くし、養子縁組をした過去をお持ちで、そんな家庭環境が三輪記子さんの強い自立心や価値観に影響を与えているようです。

 

 

倉田真由美となぜ仲良し?

 

漫画家の倉田真由美さんとは、とても仲の良い関係です。

 

クイズ番組やテレビ収録で知り合い、すぐに意気投合。

 

 

仕事仲間から家族ぐるみの付き合いになり、現在も変わらず親しいです。

 

2020年3月から2人で「みわたまチャンネル」というYouTubeチャンネルを運営されています。

 

弁護士と漫画家という異色のコンビで、法律トークから日常の軽い話題まで幅広く語り、視聴者を楽しませています。

 

公園散策やビキニ姿で川遊びをする回など、ユーモアたっぷりの内容が人気です。

 

互いの個性を尊重し、支え合う姿が多くの人に好感を持たれています。

 

グラビアは?

 

三輪記子さんは、2013年に週刊プレイボーイでグラビアデビューをされています。

 

当時は弁護士3年目で仕事が少なく時間に余裕があった時期。

 

Twitterでリリー・フランキーさんの人生相談に投稿し採用された縁で、編集者から「話も面白いし、スタイルも抜群!」と気に入られ、オファーが来ました。

 

お金はもらわず「やってみたい」という気持ちで挑戦。

 

プロのヘアメイクに身を任せ、知らない世界の楽しさを感じたそうです。

 

しかし、発売後には「弁護士がグラビアとは」「お金目当てか」といった批判が相次ぎ、ショックを受けた時期もありました。

 

それでも、この経験がテレビ出演のきっかけとなり、現在もグラビアの意義を語っています。

 

2026年、50歳を迎える年に再挑戦したいという野望をお持ちで、エイジズムへの対抗として「真面目なエロ」を表現したいとおっしゃっています。

 

体を鍛えながら、グラビアという表現の可能性を広げたいという思いが強いです。

 

この挑戦が、松竹芸能所属への道を開き、多彩なキャリアの基盤となりました。

 

三輪記子さんは、司法試験の長い苦労からメディア活動、家族との生活まで、さまざまな挑戦を重ねてきました。

 

これからも弁護士としてわかりやすい解説を届け、家族や友人との温かいつながりを大切に活躍されることでしょう。

 

今回はここまでです。
これからも、三輪記子さんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!

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