柳美里の息子の父親は?生い立ちが壮絶!ブログやおすすめ本は?若い頃画像!

2022年4月12日クリエイター・声優・キャラクター

元舞台女優で、劇作家、小説家として活躍の柳美里(ゆうみり)さん。

 

1968年生まれで、出身地は神奈川県横浜市中区。

 

 

学歴は、横浜市立大岡小学校から横浜市立稲荷台小学校に転校。

 

横浜共立学園中学校を卒業後、横浜共立学園高校に入学しますが激しいイジメに遭い、1983年にたった一年で学校を去りました。

 

学校側もいじめに対処する温かな配慮はなかったのか残念に思いますが、結果的には翌年の1984年にミュージカル劇団「東京キッドブラザース」に入団したことで、自分の才能を理解し、生かしてくれた東由多加氏との出会いにつながります。

 

舞台女優として活躍しますが、東由多加氏から「脚本を書く方が向いている」といわれ、脚本を書くようになりました。

 

1987年 には演劇ユニット「青春五月党(せいしゅんごがつとう)」を旗揚げし、現在も主宰されています。

 

劇団名の由来は、小説家、作詞家として活躍された檀一雄(だんかずお)さんが執筆された「小説太宰治」に記載されている名前からいただいたそうです。

 

名前からお分かりの通り、檀一雄さんの娘は女優・エッセイイストとして活躍の檀ふみさんです。

 

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檀ふみ結婚は?檀れいと親戚?母親は?20年前の井上真央との共演作とは?

 

その後、小説も書き始め、1997年には柳美里さんの「家族シネマ」が、第116回芥川龍之介賞を受賞。

 

いじめで高校を中退するという悲しい経験をしましたが、数々の受賞歴を持つ作家となり、多くのファンが柳美里さんの作品を楽しんでいます。

 

 

もくじ

柳美里の息子の父親は?

 

柳美里さんは2000年に息子を出産。

 

父親は既婚者ということで、私生児として息子は誕生しています。

 

 

 

息子さんの名前に「陽」という漢字が使われているとおり、見ていてなぜか心が温まる感じがします。とっても良い表情ですね。

 

さて、父親は一体どなたなのでしょうか?

 

調べてみますと、柳美里さんは16歳で家出し、その後8年間東由多加氏と同棲しています。

 

東由多加氏とは愛人関係だったそうなので、既婚者の子供という情報から、東由多加氏との間の子供?と思いましたが、違いました。

 

東由多加氏との愛人関係を解消後に交際した方との間に授かった子供で、子供ができたことでその方と破局したといいます。

 

色々調べましたが、息子さんの実の父親はどなたなのかはわかりませんでした。

 

出産後は、友人関係として続いていた東由多加氏が柳美里さんの自宅に住む形で育児をサポートしてくれたそうです。

 

しかし、息子の誕生からわずか3ヶ月で東由多加氏は食道がんのため、この世を去りました。

 

柳美里さんは多額の医療費を負担するため、小説を書きまくったそうです。

 

東由多加氏の葬儀は喪主は実の息子が、柳美里さんは葬儀委員長を務めました。

 

立場上、愛人であったのに、葬儀委員長を務めるというのは不思議な関係ですね。

 

そして現在は、2004年にネットで知り合った15歳年下のパートナーと同棲しており、息子は大学進学を期に一人暮らしをされているようです。

 

パートナーの名前は村上君とか「珍念」という名前で柳美里さんの書籍やインタビュー記事に掲載されています。

 

様々な人生の形があるものですね。

 

 

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生い立ちが壮絶!

 

両親は韓国人。父親は20歳くらいの頃、母親は5歳くらいの頃に日本に来たそうです。

 

父親は、遊技台の釘を調整する人、母親は街でキムチを売ったり夜の飲食店で働いたりしていました。

 

柳美里さんとの会話は日本語で話していたそうですが、両親が会話する時には韓国語を使うこともあり、小学校へ上がる時点で、中途半端な日本語であったため、お友達ができませんでした。

 

仲良しグループに入れてもらえず、休み時間の柳美里さんの居場所は図書館でした。

 

図書館に行くと、その登場人物と仲良くなる感じがしたり、登場人物にまた来るねと、図書館が待ち合わせの感覚もあったそうです。

 

以来、ずっと孤独な小学校生活が続きますが、小学5年生の時に自分たちで劇を作るという話になり、柳美里さんは脚本を任されます。

 

原作を読み込み、セリフ化し、一人で台本を作りましたが苦しいという気持ちはなく、楽しかったそうです。

 

台本が出来上がると、クラスで拍手が起こるほど大好評で、来年もやろう!という話になりました。

 

これでみんなに一目置かれ、受け入れられるという事にはならず、その後も「バイ菌」というあだ名で呼ばれ続け、先生もそれを一緒に笑っている状況だったそうです。

 

あんなに頑張っても受け入れてもらえなかったという空虚感。

 

さらに両親が離婚し、母親とその愛人と暮らすことになり、家でも居場所がなくなってしまいました。

 

その頃も心の支えは、読書をして現実世界から離れることでした。

 

中学・高校は私立の一貫教育のミッションスクールで、家出をしたことが咎められ停学処分を繰り返し、中学2年生からはほとんど学校へ行っていないそうです。

 

高校へ進学は厳しい状況でしたが「迷える子羊を助けるという教えに反する」と一人の先生が言ったことで、進学。

 

しかし、登校時に学校へ行きたくないという拒否反応なのか、電車に乗ると過呼吸になったり身体に異常をきたすようになり、自主退学しました。

 

その後は、先ほどお伝えしたとおり東由多加氏との出会いにつながります。

 

そして、現在は福島県南相馬市に2015年から転居し、執筆活動を続けています。

 

転居した理由については、尼僧で小説家として活躍された瀬戸内寂聴さんが柳美里さんについて語った中にありました。

 

災害地の人の暮らしに無関心でいられず、暮らしごと引っ越してゆく柳美里は、小説家として何より必要な、熱い心を持ち続けている見事な人間だと尊敬している。

 

震災前は自分自身の体験や身近で起こった事を小説にすることが多かったが、震災を経て「他者」の視点を取り込み、構成した小説も書くようになったといいます。

 

震災を風化させないよう、今も元には戻らない生活をされている被災者に寄り添い、生活することを選んだのですね。

 

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ブログやおすすめ本は?

 

柳美里さんのブログはGooブログにあります。

 

ブログの題名は「柳美里の今日のできごと」。

 

家族の猫ちゃんたちの画像や、近年は体調不良に悩まされていたりするようです。

 

柳美里さんの作品を読んで、心を支えられた人も多いと思います。

 

ぜひ、ブログをみて、柳美里さんを応援したいですね。

 

そして、おすすめ本ですが、一番は柳美里さんの名前を一躍有名にした「命」ではないでしょうか?

 

「命」は、自分の経験や周りで起こったことを本にしていますが、他者の目を取り入れた作品でおすすめというと、「JR上野駅公園口」が多く読まれているようです。

 

 

他にも読む人のその時の立場や状況によって、心に響く作品がそれぞれあるようですね。

 

 

若い頃画像!

 

柳美里さんの若い頃はどんな雰囲気なのでしょうか?

 

では、さっそくご覧ください。

 

柳美里さんの若い頃画像!←こちらから

 

子供の頃と思われる写真も見られますが、どうしていじめを受けなければならなかったのかと思うほどとってもチャーミング。

 

イジメた子たちはどんな大人になっているんだろう?どんな人生を送っているのでしょうか?

 

たとえ幸せにくらしていても、子供の頃にイジメた側だったという黒い点は、柳美里さんの作品が取り上げられるたびに心にチクンと広がることでしょうね。

 

今回はここまでです。
これからも、柳美里さんの活躍を期待しています。
次の記事もおたのしみに!

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