茶風林小学時代の舌癌手術で活舌悪化~いじめの壮絶過去…代表作やキャラの声の使い分け術

声優として国民的な人気を誇る茶風林さん。

『名探偵コナン』の目暮警部や『ちびまる子ちゃん』の永沢くん、『サザエさん』の磯野波平など、誰もが知るキャラクターを担当する実力派です。

そんな茶風林さんには、小学時代の舌癌手術による活舌の悪化や、そこから続いたいじめという壮絶な過去がありました。

今回は、茶風林さんのプロフィールから、苦難を乗り越えた軌跡、代表作での声の使い分け術までを詳しくご紹介します。

 

茶風林さんのプロフィール

茶風林さんは1961年12月4日生まれの埼玉県出身です。

本名は嶋澤弘隆さん。

血液型はA型で、身長は165cmです。

現在は大沢事務所に所属し、声優・俳優・ナレーターとして幅広く活躍しています。

芸名の「茶風林」は、大好きなチャップリンをもじって付けたものだそうです。

趣味はカエル集めやガーデニング、特技は三味線とタップダンスです。

毎日欠かさず発声練習を続けている努力家としても知られています。

 

項目詳細
本名嶋澤 弘隆
生年月日1961年12月4日
出身地埼玉県
血液型A型
身長165cm
所属大沢事務所
学歴東洋大学経済学部卒業

茶風林さんは東洋大学経済学部を卒業後、声優の道へ進みました。

大学時代は演劇研究会に所属し、夜中に舞台を組んで車のヘッドライトを当てながら演劇をするほど熱中していたといいます。

この時期に演劇の基礎がしっかり作られたそうです。

 

 

小学時代の舌癌手術と活舌悪化の日々

茶風林さんの人生を大きく変えた出来事は、小学4年生の頃に起こりました。

舌に腫瘍ができ、それが頬の内側に転移して野球ボールぐらいに腫れ上がってしまったのです。

舌癌の切除手術を受け、舌を斜めに切り、頬もえぐるような大手術となりました。

この手術の影響で、うまくしゃべれなくなり、活舌が著しく悪化してしまったといいます。

会話をするのに支障が出るようになり、周囲とのコミュニケーションが難しくなりました。

茶風林さん自身、「思い出したくない時代」と振り返るほど、辛い経験だったようです。

 

時期出来事
小学4年生舌に腫瘍、頬に転移し手術
手術内容舌を斜めに切除、頬をえぐる
影響活舌悪化、会話に支障

手術後のリハビリは本人の努力に委ねられる部分が大きく、言葉が伝わるようになるまで長い時間がかかりました。

この経験が、後の声優人生に大きな影響を与えることになります。

 

中学時代のいじめと心の傷

活舌が悪くなったことで、中学生時代にはいじめを受けるようになりました。

うまくしゃべれないことが原因でからかわれたり、辛い思いをしたりしたそうです。

茶風林さんはこの時期の記憶を「自分の中に封印してしまう」と語っています。

細かな記憶がなくなるほど、心に深い傷を負ったようです。

高校時代も一部でいじめのような経験があったと振り返っています。

こうした過去は、思い出したくないほど重いものでした。

しかし、この経験が後にキャラクターを演じる上での武器になっていくのです。

 

演劇との出会いが人生を変えた

転機となったのは、中学生の時に出会った少女漫画『つらいぜ!ボクちゃん』でした。

演劇部を舞台にしたこの作品の主人公に憧れ、「どんな大変なことがあっても元気なボクちゃんのようになりたい」と思ったそうです。

高校に入ると演劇部に所属。

男子が少ない「女の園」のような環境で、労働力としても重宝され、いじめから逃れられる逃げ場にもなりました。

演劇を通じて初めて「楽しい」と感じられるようになり、猛烈に活舌のリハビリを始めました。

滝口順平さんによる外郎売を収録したカセットテープなどを繰り返し聞き、自己流でトレーニングを重ねたのです。

大学では東洋大学経済学部に進学し、演劇研究会に入りました。

本来は勉強のために通うはずの大学でしたが、茶風林さんは「演劇をやるために行った」と公言するほど熱中。

稽古の仕方を学び、芝居三昧の日々を送り、人生が大きく変わったと語っています。

 

声優デビューへの道と若手時代のエピソード

大学卒業後、NHK主催の声優科がある専門学校に通いました。

アフレコの授業で春日正伸先生に師事。

ある日、先生が演出するNHKの番組に見学に行ったところ、出演者が一人欠員となり、突然「お前、しゃべれるか?」と声をかけられました。

「はい、しゃべれます」と答えた茶風林さんは、端役を担当することに。

これが初めてのプロの現場となり、その後月1回ほど仕事をもらうようになりました。

劇団新人会に所属し、全国を回る生活も経験。

前進座の中村梅之助さんの付き人をしたり、日光江戸村で時代劇を演じたりと、舞台の修行を積みました。

若手時代はモブ役が中心で、バイトをしながら両立する生活が続きました。

割烹料理店で下働きをしていた際、店主が「茶風林2号」という食洗機を用意してくれたエピソードは有名です。

公演で休んでも「頑張ってこいや」と応援してくれ、役者として食べられるようになるまでサポートしてくれた温かい配慮に、茶風林さんは深く感謝しています。

35歳で結婚したタイミングで、ようやくバイトを辞めることができました。

 

結婚と家族の話

茶風林さんは35歳の時に結婚しています。

妻との馴れ初めについては詳しい情報が公にされていませんが、私生活では穏やかな家庭を築いているようです。

娘がいることが知られており、家族を大切にしている姿が伝わってきます。

結婚を機に生活の基盤が安定し、役者としての活動に専念できるようになりました。

バイト生活が長かっただけに、家族を持てたことは大きな転機だったのでしょう。

 

項目内容
結婚時期35歳の時
家族妻、娘
私生活穏やかで家族を大切に

 

代表作と声の使い分け術

茶風林さんの代表作といえば、『名探偵コナン』の目暮警部、『ちびまる子ちゃん』の永沢くんヒデじい、『サザエさん』の磯野波平(2代目)です。

特に永沢くんを演じる際には、過去のいじめ経験を活かしました。

「ネチネチいじめるが、過去自分がされてきたこと、どうすれば人が嫌な気持ちになるのか、実は知っている」と語っています。

封印していた嫌な気持ちを深い井戸の底から引きずり出し、役に込めてしゃべる。

その結果、心が永沢くんになってしまい、周りといても面白くない時期があったそうです。

徐々に切り替えられるようになり、今では複数のキャラクターを巧みに使い分けています。

中高年のキャラクターや三枚目、小悪党など、個性的な役柄を得意とし、「声優界の名バイプレイヤー」と称されることもあります。

2014年には永井一郎さんの後を継ぎ、『サザエさん』の磯野波平役を担当。

加藤みどりさんから「このマイク、この椅子は永井さんが使っていたのであなただけが使うのよ」と言われ、緊張しつつも大切に引き継いでいます。

声優は空も飛べるし、水の中に潜れるし、あらゆることができると語る茶風林さん。

活舌のコンプレックスを抱えながらも、毎日の練習でプロとして活躍し続けています。

 

茶風林さんが伝えるメッセージ

インタビューで茶風林さんは「自分を応援してくれる人とどう巡り合うか、そしてどんな人間関係を作れるかが、成功するためのカギ」と語っています。

演劇に出会った時、「こんな楽しい世界があるんだ」と感じ、食えても食えなくても演劇のためなら何でもやろうと思ったそうです。

好きなことのためには何でもできる。

「好き」であることはすべてを凌駕すると力強く述べています。

子供の頃うまくしゃべれなかったことでいじめを受け、自信をなくしていた自分が、演劇を通じて変わっていった。

その軌跡は、多くの人に勇気を与えるものでしょう。

現在も怪談朗読会「酒林堂」の座長を務め、島根県のふるさと親善大使『遣島使』にも就任するなど、精力的に活動しています。

小学時代の舌癌手術から始まった苦難を、声の表現力に変えた茶風林さん。

これからもその多彩な声で、多くの作品を彩り続けてくれることでしょう。