赤井英和の嫁と娘や息子は?前妻との離婚理由は?病気やケガの後遺症は?現在の収入源は?
赤井英和さんのプロフィール
赤井英和さんは、元プロボクサーから俳優・タレントとして活躍する人気者です。
浪速のロッキーという異名で親しまれ、リング上での豪快なファイトスタイルがファンを魅了しました。
現在も精力的に活動を続け、家族との温かなエピソードが話題になることも多い赤井英和さん。
その人柄の魅力は、波乱に満ちた人生経験から来ているのかもしれません。
1959年8月17日生まれ、大阪府大阪市西成区出身です。
大阪市立今宮中学校、浪速高等学校を経て、近畿大学商学部を卒業しています。
幼少期は西成という土地柄もあって、活発でやんちゃな少年時代を過ごしたそうです。
高校1年生の時にボクシングを始め、インターハイ優勝やアジアジュニア選手権優勝などの輝かしい成績を収めました。
大学時代にはモスクワオリンピックの代表候補にもなりましたが、日本ボイコットにより夢を断たれ、学生プロボクサーとして転向。
デビュー戦から12連続KO勝利という当時の日本記録を樹立し、華々しい活躍を見せました。
しかし、1985年の世界タイトル前哨戦で大和田正春選手との試合中に重傷を負い、ボクシング人生に幕を下ろすことになります。
その後の俳優転身も話題となり、自伝的映画『どついたるねん』で主演デビューを果たしました。
赤井英和さんの嫁・佳子さんとの馴れ初めと家族
赤井英和さんの現在の妻は、佳子さんです。
青森県八戸市出身の佳子さんは、旅行会社や編集プロダクションなどを経て、現在は夫のマネージャーも務めています。
二人の馴れ初めはドラマチックです。
知人の紹介で出会った当時、佳子さんは24歳、赤井英和さんは31歳。
ボクシング引退後、俳優として活動を始めた頃でした。
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佳子さんは赤井さんのワイルドな魅力に一目惚れ。
「押して押して」という猛アプローチで交際が始まり、半年後の1993年に結婚に至りました。
結婚後、佳子さんとの間に二男一女のお子さんが誕生しています。
長男の英五郎さんはプロボクサーとして活躍し、映画監督も手がけています。
赤井英和夫妻、息子のボクシング入門をめぐって大げんか!赤井が5時間怒られ、5時間泣いた https://t.co/9Vxf1rJ7f4 #芸能ニュース #スポーツ新聞 pic.twitter.com/H5eyo0lizj
— スポーツ報知 (@SportsHochi) February 6, 2017
次男の英佳さんは俳優としてハリウッドなどでも活動中です。
長女は一般人として過ごされ、すでにご結婚されているそうです。
また、1998年には佳子さんとの間に双子の娘さんが誕生しましたが、早産による未熟児として誕生。
妹のももこちゃんは、生後3日目、姉のさくらこちゃんは7ヶ月と相次いで亡くすという悲しい経験をされています。
家族全員で看病するなど、深い愛情を注いだそうですが、赤井英和さんは当時のことを「涙がとまらなかった」と振り返っています。
この悲しみを乗り越え、現在も3人のお子さんたちと温かな家族を築いている姿に、多くの人が心を打たれています。
家族仲は非常に良く、結婚式などの場では笑顔あふれる家族写真が公開され、話題となりました。
佳子さんのX(旧Twitter)アカウントでは、日常のほのぼのとした様子が垣間見え、多くのファンを楽しませています。
前妻との離婚理由は?
赤井英和さんには前妻との間に生まれたお子さんもいます。
前妻との間に2人の娘さんが誕生しており、その次女が赤井沙希さんです。
赤井英和の娘・沙希、9頭身の美ボディーあらわ「大胆ですね」「めっちゃ綺麗」11月でプロレス引退へ https://t.co/ZpufVkdOJm pic.twitter.com/bbVemjnQuY
— スポーツ報知 (@SportsHochi) July 6, 2023
赤井沙希さんはモデル・女優・タレント・プロレスラーとして活躍したことで知られています。
前妻との結婚生活はプロボクサー時代に始まりましたが、多忙な選手生活によるすれ違いなどが重なり、1990年頃に離婚に至ったとされています。
離婚後、赤井英和さんは前妻側のお子さんたちとの交流が途絶えていた時期もありました。
赤井沙希さん自身も、幼少期に父親の記憶がほとんどないまま育ち、複雑な思いを抱えていたことを後に語っています。
芸能界デビューをきっかけに14年ぶりに再会を果たし、親子としての関係を少しずつ築いていったそうです。
赤井英和さんも家族の大切さを改めて痛感する出来事だったと言えるでしょう。
病気やケガの後遺症は?
赤井英和さんの人生で最も大きな転機となったのは、1985年の大ケガです。
世界タイトル挑戦への前哨戦で頭部に強烈なパンチを受け、急性硬膜下血腫と脳挫傷で意識不明の重体に陥りました。
生存率20%とも言われる危機的な状況の中、緊急開頭手術を受け、5時間に及ぶ大手術を乗り越えました。
医師からは「二度とボクシングはできない」と引退を勧告され、25歳で選手生命を絶たれました。
幸いなことに大きな後遺症は残らず、日常生活に支障をきたすことはありませんでした。
赤井英和さん本人は「もともと賢くないんで、後遺症があってもわかりにくい」とユーモアを交えて語ることもあります。
この大ケガがきっかけで俳優への道が開け、第二の人生を歩むことになったのです。
「石ころにつまずいたら、誰でも立ち上がるでしょ」という前向きな姿勢が、赤井さんの魅力のひとつです。
赤井英和さんの現在の収入源は?
現在、赤井英和さんの主な活動は俳優業とタレント業です。
東京ではドラマや映画、舞台を中心に、大阪ではバラエティ番組などで活躍しています。
代表作に『どついたるねん』をはじめ、多くの話題作に出演。
CMや講演活動も積極的にこなしています。
また、近畿大学ボクシング部の名誉監督としても貢献しており、後進の指導にも力を注いでいます。
妻の佳子さんがマネージャーを務めることで、仕事の管理も効率的です。
夫婦で力を合わせ、安定した活動を続けているようです。
過去の苦難を乗り越え、笑顔で現在を生きる赤井英和さんの姿は、多くの人に勇気と元気を与え続けています。
これからも、赤井英和さんの温かく力強いキャラクターに注目が集まりそうです。
家族を大切にしながら、俳優として新たな挑戦を続ける姿から目が離せません。
















ディスカッション
コメント一覧
赤井さん、はすごかったと知り合いから聞いてます良く大和田さんの試合で生きていたと思います。細胞が生きてそれで命の力強かったんですねありさんマークの引っ越し屋さんが、良く出ていてご活躍期待しています。