山瀬まみの旦那と子どもは?子宮体がんから脳梗塞に?年収は?大竹まこと号泣事件とは?

タレント・モデル

もくじ

山瀬まみさんのプロフィール

 

山瀬まみさんは、1969年10月2日生まれのタレントです。

 

神奈川県平塚市出身で、本名は中上真巳子さん(旧姓:山瀬)です。

 

 

身長167cm、血液型O型です。1985年に第10回ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを獲得し、翌1986年にシングル「メロンのためいき」で歌手デビューを果たしました。

 

当初はアイドル歌手として活動しましたが、ヒットに恵まれず、バラエティ番組を中心に活躍する「バラドル」として人気を博しました。

 

独特の鼻にかかった話し方(通称「やませばび」)が特徴で、多くの番組で真似されるなど、親しみやすいキャラクターで長く支持されています。

 

幼少期は父さんの転勤族だったため、転居を繰り返しました。

 

生まれた埼玉県浦和市をはじめ、東京都文京区大塚、豊島区駒込、江東区亀戸などで過ごし、小学生時代は福島県いわき市や埼玉県上尾市、中学生時代は長野県松本市や秋田県秋田市で生活しました。

 

1984年頃に神奈川県平塚市に転居し、以後実家がそこにあります。

 

書道は小学5年生で二段の腕前を持ち、幼い頃からアイドルを志していました。

 

中学生の頃には原宿などでスカウトされることが多く、信頼できる大手事務所を選ぶために断り続けていたそうです。

 

クラシックバレエも特技の一つで、デビュー前のイメージビデオではバレエを披露しています。

 

学歴については、神奈川県立神田高等学校(現・平塚湘風高等学校)を経て、堀越高等学校を卒業しています。

 

学生時代は転校が多く、さまざまな地域で過ごした経験が、明るく適応力のある性格を育んだのかもしれません。

 

デビュー後はアイドル活動からタレント業へシフトし、『ブロードキャスター』『ためしてガッテン!』『新婚さんいらっしゃい!』などの長寿番組で司会や進行を長く務めました。

 

 

料理の腕も確かで、両親がレストランを経営していた影響もあり、料理本を出版するなど多才ぶりを発揮しています。

 

また、1990年代後半には金鳥の液体蚊取り器CMでかっぱの着ぐるみ姿が話題となり、再ブレイクを果たしました。

 

 

山瀬まみさんの旦那さんと子どもは?

 

山瀬まみさんの夫は、俳優の中上雅巳さんです。

 

中上さんは1972年2月19日生まれで、山瀬さんより3歳年下です。

 

二人は1999年6月26日に結婚しました。

 

 

出会いはフジテレビの人気番組『笑っていいとも!』での共演です。

 

当時、中上さんは「いいとも青年隊」のメンバーとしてオープニングや企画を担当し、山瀬さんもレギュラー出演していました。

 

友人を通じてカラオケで再会したのをきっかけに交際が始まり、結婚前に約3年間の同棲期間を経て夫婦となりました。

 

結婚会見では中上さんが「一緒にいて楽しい人」と山瀬さんを評し、ジューンブライドに憧れて大安の土曜日に婚姻届を提出したエピソードも知られています。

 

結婚後、山瀬さんの方が年上という「姉さん女房」スタイルで、現在もラブラブな関係を続けているようです。

 

中上さんは舞台やドラマで活動していましたが、近年は山瀬さんのサポートに回る時間が多く、献身的に寄り添う姿が報じられています。

 

二人の間にお子さんはいらっしゃいません。

 

不仲説が一部でささやかれた時期もありましたが、中上さんはそれを否定し、病気の療養中も病室に通い、身の回りの世話を積極的に行っていました。

 

 

子宮体がんから脳梗塞に?

 

山瀬まみさんは2025年に子宮体がんを患い、手術を受けました。

 

手術は子宮全摘出で、卵巣やリンパ節なども摘出する大掛かりなものとなりました。

 

 

手術自体は成功しましたが、術後に麻酔から覚めない状態となり、がんの合併症である「トルーソー症候群」による脳梗塞を発症しました。

 

この症候群は、がんが原因で血液が固まりやすくなり、血栓ができやすい状態を指します。

 

血栓が脳の血管を塞ぐことで脳梗塞が起き、集中治療室(ICU)への入院を余儀なくされました。

 

一時は言葉を話せなくなる可能性も指摘され、家族も大変心配したそうです。

 

療養期間は約7カ月と長引きましたが、2025年10月にラジオ番組『BAYFM it!!』に復帰し、元気な声で病気を公表しました。

 

リハビリを重ね、奇跡的な回復を果たしたと報じられています。

 

 

山瀬さんは早期検診の重要性を伝えつつ、「休みが楽しい」と前向きな姿勢を見せました。

 

夫の中上雅巳さんも療養を支え、通院に同伴するなど、夫婦の絆が深まった出来事となりました。

 

未経産女性の健康リスクとして、専門医が子宮体がんなどの注意を指摘する記事も見られますが、山瀬さんは自身の経験をオープンに語ることで、多くの人に勇気を与えています。

 

 

年収は?

 

山瀬まみさんの年収に関する具体的な数字は、公表されていません。

 

ただし、本人がテレビ番組で「デビューしてから今もずっと給料制です。自分のギャラは知らない」と明かしています。

 

アイドル時代は月給7万円で、寮費などを引くと手取り約2万5000円だった時期が2年半続き、「着々と貯めてきた」と笑顔で振り返っていました。

 

歩合制ではなく安定した給料制を貫いているため、病気で長期休養に入っても収入面で大きな不安がなく、「だから休みが楽しい」と語っています。

 

レギュラー番組が多かった全盛期はCMなども加わり、給料が上がったと推測されますが、詳細は事務所の管理下にあり、本人も正確な額を把握していないようです。

 

この安定した契約形態は、長年のキャリアを支える基盤となっています。

 

近年はレギュラーが減ったものの、給料制のメリットを生かし、療養に専念できた点が興味深い点です。

 

大竹まこと号泣事件とは?

 

大竹まこと号泣事件は、1988年に日本テレビ系で放送された『タモリのいたずら大全集』での出来事です。

 

当時、山瀬まみさんはアイドルとして活躍中で、大竹まことさんはお笑いタレントとして出演していました。

 

番組内で司会者から恋愛について質問された山瀬さんが「いません」と答えたところ、大竹さんが「失恋したっていってたろ~!」と事実と異なる発言をし、場を盛り上げようとしたのがきっかけです。

 

これに動揺した山瀬さんが泣き出し、大竹さんがさらにエスカレート。

 

 

山瀬さんの衣装を引っ張ったり、押し倒すような動きを見せたりした結果、山瀬さんが号泣しました。

 

大竹さんのマイクが壊れたことに気づいた山瀬さんが「マイク壊すな~」と叫ぶと、大竹さんは「壊すとはこういうことだ!」と番組のセットを蹴り壊す暴挙に及びました。

 

この騒動で大竹さんは約20年間、日本テレビの出入り禁止になったと言われています。

 

大竹さんは後年、この事件を振り返り「愛情の裏返しだった」とコメントしていますが、当時はやり過ぎだったと認めています。

 

山瀬さんも突然の出来事に泣き崩れた出来事として、長く語り草となっています。

 

37年後の2025年にも大竹さんが番組で触れ、「思い出したくない」と苦笑する場面が見られました。

 

この事件は、当時のバラエティの過激さを象徴するエピソードの一つです。

 

山瀬まみさんは、デビューから40年近く経った今も、明るく前向きな姿勢で活動を続けています。

 

病気を乗り越えた経験は、早期発見の大切さを改めて教えてくれます。

 

夫の中上雅巳さんとの穏やかな夫婦生活や、安定したキャリアの基盤は、多くのファンを安心させています。

 

これからも健康に気をつけながら、独特の魅力でテレビやラジオを盛り上げてほしいと思います。山瀬さんのように、困難を乗り越えて笑

 

顔を取り戻す姿は、励みになりますね。

 

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