岩崎宏美 2度の離婚理由と息子たち現在、コロッケものまねに妹の岩崎良美激怒!長女の仕事は?







岩崎宏美 プロフィール

岩崎宏美さんは、圧倒的な歌唱力で昭和歌謡界を代表する実力派歌手として長年愛され続けています。

1958年11月12日生まれ、東京都江東区深川出身です。

堀越高等学校を卒業しています。

 

項目内容
生年月日1958年11月12日
出身地東京都江東区深川
学歴堀越高等学校卒業
家族構成3姉妹の次女、妹:岩崎良美さん

 

下町育ちの3姉妹の次女として、活発に過ごした幼少期でした。

父親は木材機械の輸入販売会社を経営する厳格な方で、警察の師範も務めていました。

その影響で姉妹揃って剣道を習い、岩崎宏美さん自身もかなりの腕前だったそうです。

母親は奄美大島出身で、温かい家庭環境の中で育ちました。

歌の才能は小学2年生の頃に開花します。

音楽教師の勧めで合唱団に入り、本格的に歌を学び始めました。

ジャクソン5の曲を聞いて衝撃を受け、歌手への憧れを強めていきました。

中学時代には声楽家の松田トシさんに師事し、芸能界入りを本気で目指すようになります。

 

 

デビューまでの道のりと学生時代

中学3年生の時、同級生の影響もあり『スター誕生!』に応募します。

小坂明子さんの『あなた』を歌い、見事グランドチャンピオンに輝きました。

1975年4月、「天まで響け!!岩崎宏美」のキャッチフレーズで『二重唱(デュエット)』でデビューします。

2枚目のシングル『ロマンス』が大ヒットし、数々の新人賞を総なめにしました。

高校時代は堀越高等学校に通いながら多忙な芸能活動をこなしていました。

午前中は授業を受け、午後は仕事というハードな日々を送っていたそうです。

同級生には森昌子さんら人気歌手が多く、刺激的な学生生活でした。

デビュー当時のおかっぱヘアは、中学3年生のオーディションで「顔が大きい」と言われた言葉がきっかけでした。

中学生だった岩崎宏美さんは深く傷つき、おでこを隠すスタイルを選んだそうです。

 

ヒット曲連発と歌手としての軌跡

デビュー後、『思秋期』『すみれ色の涙』『聖母たちのララバイ』など次々とヒット曲をリリースします。

特に1982年の『聖母たちのララバイ』は130万枚近いセールスを記録しました。

1986年には日本人女性歌手として初めてピラミッド前でコンサートを開催するなど、海外でも活躍しました。

ミュージカル『レ・ミゼラブル』への出演や、声優としてもディズニー作品に参加するなど、多才ぶりを発揮しています。

近年もデビュー50周年を迎え、全国ツアーや紅白歌合戦への出演など、精力的に活動を続けています。

 

主なヒット曲リリース時期エピソード
ロマンスデビュー直後新人賞総なめ
思秋期高校時代父の反対を和らげた転機の曲
聖母たちのララバイ1982年130万枚セールス

 

岩崎良美さんとの姉妹の絆

岩崎宏美さんの3歳年下の妹・岩崎良美さんも歌手として活躍しています。

幼い頃から仲が良く、互いに刺激し合う関係です。

近年は姉妹でのジョイントコンサートも多く開催され、息の合ったハーモニーが好評です。

岩崎良美さんは姉のことを「スーパーガールみたい」と憧れを抱いていたそうです。

3姉妹で、長女は一般的な生活を送っています。

芸能界には入らず、穏やかな日常を大切にしているようです。

幼少期には岩崎宏美さんが活発だったため、妹から「お兄ちゃん」と呼ばれていたエピソードも残っています。

 

1度目の結婚と離婚の苦難

1988年、商社勤務の一般男性と結婚し、芸名を益田宏美さんに改名します。

夫の理解を得て一時活動をセーブし、1989年に長男、1992年に次男を出産しました。

しかし、結婚生活は長続きせず1995年に協議離婚となりました。

離婚理由の一つとして、仕事への考え方の違いが指摘されています。

夫は家庭を優先してほしいと望んでいましたが、岩崎宏美さんは歌手を続けたいという強い思いがありました。

離婚後、親権は夫、養育権は岩崎さんが持つ形になりましたが、複雑な経緯で子供たちと離れて暮らすことになります。

この時期は精神的に非常に辛く、「死にたい」と思ったこともあったそうです。

寂しさを紛らわすために、幼い息子たちの姿を油絵に描いたエピソードも知られています。

 

2度目の結婚とその後

2009年、ミュージカル『レ・ミゼラブル』での共演がきっかけで知り合った10歳年下の俳優・今拓哉さんと再婚します。

7年半の事実婚期間を経ての入籍で、互いの理解を深めた上での結婚でした。

しかし2023年4月、円満に離婚しています。

離婚理由は「それぞれの人生を歩んでいく道を選んだ」とのことで、離婚後も連絡を取り合う良好な関係を保っているそうです。

 

結婚相手期間子供
1度目一般男性(商社マン)1988-1995年長男・次男
2度目今拓哉さん2009-2023年なし

 

息子たちとの再会と現在の家族の絆

離婚後、長い間離れて暮らしていた息子さんたちですが、成人後に再会を果たします。

現在は良好な関係を築き、岩崎宏美さんのコンサートにも応援に来てくれます。

長男さんは結婚し、マネジャーとして母親の仕事をサポートしています。

次男さんはJリーグチームのスタッフとして働き、英語通訳などを担当しています。

長男夫婦には孫(男の子)が誕生し、岩崎宏美さんはおばあちゃんとして家族時間も楽しんでいます。

ハワイ旅行など、孫と過ごす幸せな日々をSNSでも発信しています。

昨年37年ぶりの紅白歌合戦では、長男マネジャーと次男の助っ人で家族総出で成功させました。

 

コロッケさんものまねと姉妹の反応

1978年のヒット曲『シンデレラ・ハネムーン』は、ものまねタレントのコロッケさんの十八番としても有名です。

コロッケさんの誇張したアゴの動きが特徴的で、当時大きな話題になりました。

岩崎宏美さん本人は初めて見た時を「あんぐりだった」と振り返っています。

現在は「公認というか、暗黙の了解」と公言し、笑顔で受け止めています。

妹の岩崎良美さんは、コロッケさんのものまねに激怒したエピソードで知られています。

フジテレビのスタジオ前で直接コロッケさんに近づき、「ひろちゃん、あんな顔して歌わないから!」と注意したそうです。

岩崎宏美さんは「私は面白がってました」と冷静に受け止めていました。

 

デビュー50周年を迎えた現在

デビュー50周年を迎えた岩崎宏美さんは、全国ツアーや紅白歌合戦への出演など、ますます活躍の場を広げています。

長男さんがマネジャーとして支え、次男さんも助っ人として協力するなど、家族総出で活動をサポートしています。

孫の存在が大きな癒しとなり、「孫が成人するまで歌っていたい」と語っています。

愛犬たちとの生活や、妹岩崎良美さんとの時間も大切にしながら、歌い続けています。

岩崎宏美さんの人生は、歌と家族の絆で彩られたものです。

これからもその美声で多くの人を魅了し続けることでしょう。