草刈正雄の嫁と娘は?息子なぜ転落死?ハーフなの?若い頃や現在は?髪の毛カツラ?

俳優

草刈正雄さんのプロフィール

 

草刈正雄さんは、1952年9月5日生まれの俳優、モデル、歌手、司会者、タレントです。

 

出身地は福岡県で、身長185センチ、血液型O型、現在はバービィオフィスに所属されています。

 

 

草刈正雄さんの幼少期は、母子家庭での厳しい環境の中で過ごされました。

 

父親はアメリカ人兵士のロバート・H・トーラーさんで、母親の草刈スエ子さんがバス車掌として働いていました。

 

草刈正雄さんは小学生の頃から新聞配達と牛乳配達を掛け持ちし、家計を支えました。

 

やんちゃな性格で「バービー」という愛称で呼ばれていましたが、母親からは「人の道を踏み外さないように」と人一倍厳しく育てられました。

 

少年時代は小倉祇園太鼓に参加したり、東映の時代劇映画を好んで観たりするなど、活発で文化的な一面もありました。

 

学歴については、北九州市立中島小学校、北九州市立白銀中学校を卒業後、福岡県立小倉西高等学校の定時制に通いました。

 

在学中は軟式野球部のピッチャーとして全国大会に出場するなど、部活動にも励まれました。

 

中学卒業後は世界文化社の代理店で本のセールスや文具店の配達員などをしながら働き、経済的自立を目指しました。

 

17歳の頃、アルバイト先のスナックのマスターに「見てくれがいいからモデルになったほうが稼げる」と勧められ、福岡でのファッションショーでスカウトされて上京。

 

東京都立青山高等学校の定時制に転校し、卒業されています。

 

モデル業を始めたのも、貧しい生活から抜け出すための選択でした。

 

上京後約2年で母親を東京に呼び寄せ、親孝行を果たしています。

 

また、後に放送大学を卒業されたという情報もあります。

 

草刈正雄さんの芸能界デビューは、1970年に資生堂の男性化粧品「MG5」のCMで果たされました。

 

団次郎さんの弟分として登場し、彫りの深いハンサムなルックスと軽快な語り口で一躍人気を集めました。

 

その後、1974年に映画『卑弥呼』で俳優デビューを飾り、『沖田総司』などで新人賞を受賞。

 

以降、ドラマや映画、舞台で幅広く活躍されています。

 

2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』では真田昌幸役を演じ、主人公を凌ぐ存在感で高評価を得ました。

 

近年も『なつぞら』や『おじさまと猫』、『正直不動産』シリーズなどに出演し、ダンディーな役からコミカルな役まで多彩な演技で支持を集めています。

 

 

草刈正雄さんの嫁と娘は?

 

草刈正雄さんの妻は、元モデル・女優の大塚悦子さんです。

 

お二人の出会いは、1977年に放送されたフジテレビ系列のドラマ『華麗なる刑事』での共演でした。

 

当時、草刈正雄さんは25歳、大塚悦子さんは19歳で、共演をきっかけに交際が始まり、約9年間の交際を経て1988年12月31日に結婚されています。

 

結婚の際には、親友の勝野洋さんのアドバイスが大きく、飲みの席で勧められたその場で電話プロポーズし、翌日に婚姻届を提出したというエピソードもあります。

 

証人は勝野洋さんでした。

 

お二人の間には、息子一人と娘二人が生まれました。

 

長女はタレント・ダンサーの紅蘭さん、次女は女優・モデルの草刈麻有さんです。

 

 

紅蘭さんは2014年頃から草刈機のCMで父娘共演を果たし、ダンスを中心に活躍されています。

 

草刈麻有さんはモデルや女優として活動し、最近では芸能活動を再開して新たなスタートを切っています。

 

 

家族の絆は強く、娘さんたちは草刈正雄さんの心の支えとなっているようです。

 

 

息子なぜ転落死?

 

長男の雄士さん(YUSHIさん)は、音楽活動やラッパー、絵画制作など芸術的な才能を発揮されていました。

 

バンド「ドカットカット」のボーカルやソロ活動、公式HPで作品を公開するなど、多才な人物でした。

 

しかし、2015年2月14日、23歳という若さで亡くなりました。

 

転落事故によるもので、草刈正雄さんの個人事務所がある渋谷区のマンション7階から転落したと報じられています。

 

当時、雄士さんは事務所に泊まり込んで音楽や絵の制作活動をしていたそうです。

 

警視庁は事件性はなく事故とみており、手すりの一部を握った状態で発見されたことから、窓辺に腰掛けていた際にバランスを崩した可能性が高いとされています。

 

自ら命を絶ってしまった可能性も当初取り沙汰されましたが、関係者は否定しています。

 

草刈正雄さんは事故直後、現場に駆けつけ、慟哭されたといいます。

 

親として子に先立たれる悲しみは計り知れず、この出来事をきっかけに家族の大切さを改めて考え、父親としての後悔を語ったインタビューもあります。

 

雄士さんの残した音楽や芸術作品は、今もファンの心に生き続けています。

 

 

ハーフなの?

 

草刈正雄さんは、日米ハーフです。父親がアメリカ・ノースカロライナ州出身の米軍兵士で、母親が日本人です。

 

草刈正雄さんが生まれる前に両親は別れ、母親からは「父親は朝鮮戦争で亡くなった」と聞かされて育ちました。

 

しかし、実際には父親は朝鮮戦争を生き延び、2013年まで存命でした。

 

 

後に草刈正雄さんはアメリカの親族と対面する旅を経験しています。

 

母親は差別を避けるため多くを語らず、厳しくも愛情深く育てました。

 

貧しい母子家庭での苦労が、現在の草刈正雄さんの人間性を形成したと言えるでしょう。

 

 

若い頃や現在は?

 

若い頃の草刈正雄さんは、まさに「元祖イケメン」と呼ぶにふさわしい存在でした。

 

資生堂モデル時代は長髪で野性的な魅力にあふれ、CMや音楽番組『資生堂・サンデーヒットパレード』で司会も務め、人気を博しました。

 

外国の血が濃く出た端正な顔立ちと185センチの長身で、ファッションショーや広告で注目を集めました。

 

俳優転向後も『汚れた英雄』などの作品で二枚目路線を歩み、歌手としても活動していました。

 

現在、70歳代の草刈正雄さんは、年齢を重ねた落ち着きと深みのあるダンディーさが魅力です。

 

大河ドラマや朝ドラでの重厚な演技、バラエティでの軽やかなトークまで、幅広い世代から支持されています。

 

苦労の多い生い立ちを乗り越え、芸能生活50年以上にわたり第一線で活躍する姿は、多くの人々に勇気を与えています。

 

趣味のスポーツジムやバイク、テニスなどで健康を維持し、精力的に仕事に取り組まれています。

 

髪の毛カツラ?

 

草刈正雄さんの髪の毛については、特に2016年の『真田丸』で真田昌幸役を演じた際、時代劇の髷を結ぶ髪型が話題になり、「地毛で伸ばしたのか、カツラか」との質問に対し、本人が「カツラです」と答えたことがカツラの噂のきっかけの一つです。

 

現在も髪がふさふさで白髪が目立たないため、植毛やカツラを疑う声があります。

 

しかし、若い頃からの写真を見ると自然な髪質で、年齢相応の変化を重ねつつ、スタイリングやケアで整えている印象です。

 

本人がカツラを全面的に認めているわけではなく、ドラマ用のウィッグとプライベートの髪を区別して考えられているようです。

 

いずれにせよ、草刈正雄さんの魅力は外見だけでなく、内面からにじみ出る存在感にあります。

 

貧しい幼少期からモデル、俳優として成功を収め、苦難をバネに前進する姿勢は、多くのファンを魅了し続けています。

 

今回はここまでです。
これからも、草刈正雄さんの活躍を期待しています。
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