磯野貴理子 脳梗塞から鳥に救われ人生激変…旦那・子ども巡る離婚となぜ改名?松居直美不仲説真相

磯野貴理子さん プロフィール

磯野貴理子さんは、バラエティ番組やドラマで長年活躍する人気タレントです。

軽快なトークと親しみやすいキャラクターで、多くの視聴者から愛されています。

現在も「はやく起きた朝は…」などのレギュラー番組で活躍中です。

ここでは、磯野貴理子さんの生い立ちから私生活、脳梗塞を乗り越えた人生の変化までを詳しく紹介します。

 

生年月日と出身地

磯野貴理子さんは1964年2月1日生まれです。

出身地は三重県度会郡南勢町(現在の南伊勢町)です。

実家は江戸時代から続く15代の農家で、大家族の中で育ちました。

兄弟は5人きょうだいの3番目で、2人の姉と妹、弟がいます。

 

 

幼少期の思い出

磯野貴理子さんの幼少期は、自然豊かな田舎で過ごしました。

実家は平屋の5LDKくらいで、8人家族が暮らす賑やかな生活でした。

お風呂は五右衛門風呂で、父親がいつも入れてくれたそうです。

田舎すぎて銭湯がなく、都会の銭湯に憧れを抱いていたというエピソードもあります。

農家の娘として、自然と触れ合う機会が多く、のびのびとした子供時代を送ったようです。

 

学生時代と学歴

磯野貴理子さんは三重県立南伊勢高等学校を卒業しています。

高校卒業後は中央相互銀行(現在の愛知銀行)に就職し、銀行員として働きました。

学生時代は卓球や珠算、書道などに取り組んでいたそうです。

書道は7段、珠算は1級の資格を持っています。

真面目で努力家な一面が、こうした資格取得にも表れています。

 

項目詳細
出身地三重県南伊勢町(旧南勢町)
学歴三重県立南伊勢高等学校卒業
資格など書道7段、珠算1級
家族構成5人きょうだいの3番目(姉2人、妹、弟)

 

芸能界デビューと改名の経緯

磯野貴理子さんは1985年、劇団七曜日に加入し、お笑いアイドルグループ「チャイルズ」を結成しました。

1987年にフジテレビ「笑っていいとも!」のいいとも青年隊メンバーとしてブレイクします。

当初の芸名は「きりこ」でした。

その後、本名の磯野貴理子さんに改名します。

2007年に「磯野貴理(いその きり)」へ改名しました。

理由は「キリコよりキリのほうが語呂が良いと思ったから」と本人が語っています。

2011年に再び「磯野貴理子」に戻しました。

改名を繰り返した背景には、人生の節目での心機一転の思いがあったようです。

なぜ改名?という疑問を持つ方も多いですが、シンプルな語呂の良さを追求した結果です。

 

正司宏行さんとの結婚生活

磯野貴理子さんは2003年12月、当時の担当マネージャーだった正司宏行さんと結婚しました。

正司宏行さんはお笑いトリオ「かしまし娘」の正司照枝さんの長男で、10年間の交際を経てのゴールインでした。

結婚生活は約6年続き、2009年に離婚しています。

離婚後も一定期間、同居生活が続いたという報道もありましたが、互いに新たな道を歩む選択をしました。

この結婚経験も、後の人生の糧となっています。

 

「遅く起きた朝は…」から始まる30年超の番組秘話

磯野貴理子さんのキャリアで欠かせないのが、1994年に始まった「遅く起きた朝は…」(後の「おそく起きた昼は…」「はやく起きた朝は…」)です。

松居直美さん、森尾由美さんと3人で30年以上続く長寿番組となりました。

初めて3人が顔合わせしたリハーサル室では、スタッフが止めるほど自然に話が弾みました。

初期は音楽番組で、思い出の曲を紹介するスタイルでした。

磯野貴理子さんは田原俊彦さんの「ハッとして!Good」を選曲したことを今も覚えています。

後からプロデューサーから「この番組は音楽番組だぞ」と言われ、3人で驚いたエピソードもあります。

台本はほとんどなく、ぶっつけ本番。ハガキはスタッフが選別し、自分が読みたいものを選ぶスタイルです。

最近も12歳の女の子から「物心ついた時からこの番組を見ています。3人の笑顔に救われています」というお便りが届き、3人で感動したそうです。

親子3代で視聴するファンがいることに、感慨深い思いを語っています。

 

脳梗塞発症と闘病生活

2014年10月、磯野貴理子さんは脳梗塞を発症しました。

暴飲暴食や不規則な生活が影響したと言われています。

自宅で突然体調不良を訴え、当時の夫の付き添いで救急搬送されました。

命に別状はありませんでしたが、後遺症として左手に力が入りにくいなどの症状が残りました。

入院中はレギュラー番組を約1ヶ月休むことになりました。

松居直美さんと森尾由美さんが番組を支えてくれました。

NHKの健康番組では、初期症状や再発防止の生活工夫についても語っています。

 

項目詳細
発症年2014年10月
原因不摂生・不規則な生活
症状左手に力が入りにくいなど
入院期間約1ヶ月(番組休養)

 

鳥との出会いの詳細と人生激変

脳梗塞を経験した後、磯野貴理子さんは鳥に魅了されます。

きっかけはシジュウカラとの出会いでした。

鳥を観察するうちにカメラを始め、野鳥撮影に没頭するようになります。

日本野鳥の会に入会し、探鳥会にも積極的に参加しています。

奥多摩でのエピソードでは、リーダーが小さなテントウムシを見逃さず命を大切にする姿に感銘を受けました。

それ以来、家の中で見つけた虫もそっと外に逃がすなど、命への向き合い方が優しく変わったそうです。

鳥撮影のために登山を始め、栃木県で「きり田んぼ」を借りて米作りにも挑戦しています。

田植えや草取り、トラクター運転など、アクティブに取り組み、キジやカイツブリ、アカショウビン、シマエナガなどの野鳥も撮影しています。

北海道遠征でシマエナガを撮影するなど、写真のクオリティも高く評価されています。

BE-PALの連載では、鳥が教えてくれた虫の意味や食物連鎖についても語っています。

鳥との出会いが、脳梗塞後の人生を豊かにし、ポジティブに変えてくれたのです。

が磯野貴理子さんの心の支えとなり、回復と新しい趣味の扉を開きました。

 

2度目の結婚・離婚と子どもを巡る葛藤

磯野貴理子さんは2012年に24歳年下の一般男性と再婚します。

しかし、2019年に離婚を発表しました。

2度目の離婚では、夫から「自分の子どもが欲しい」と言われたことが理由の一つでした。

AERAの取材では、年の差婚のリスクや価値観の変化について触れ、夫の成長を受け入れた形となりました。

磯野貴理子さんは子どもを持たない選択を尊重し、別れを選びました。

旦那さんとの別れは、子どもを巡る価値観の違いが大きかったようです。

現在はシングルライフを楽しみながら、仕事や趣味に没頭しています。

 

項目詳細
1度目の結婚2003年〜2009年(正司宏行さん)
2度目の結婚2012年〜2019年(24歳年下一般男性)
離婚の主な理由価値観の違い(子ども願望など)

 

松居直美さんとの関係と不仲説の真相

磯野貴理子さんは「はやく起きた朝は…」で松居直美さん、森尾由美さんと長年共演しています。

番組開始時から3人で息が合い、プライベートでも良好な関係です。

脳梗塞で入院した際も、2人が番組を支えてくれ「2人には迷惑をかけましたね」と感謝を述べています。

不仲説は根拠のない噂で、実際は30年以上続く信頼関係があります。

3人で本音を語り合う番組スタイルが、視聴者に支持される理由です。

 

終活と現在の暮らし

昨年から磯野貴理子さんは終活を始め、エンディングノートを書き終えました。

洗濯機を処分し、手洗い生活を実践するなど、身の回りを整理しています。

ソファを捨て、シンプルな生活を心がけています。

鳥撮影や田んぼ仕事、登山など、健康的な趣味を楽しむ毎日です。

脳梗塞を乗り越え、鳥に救われた人生は、多くの人に勇気を与えています。

 

まとめ

磯野貴理子さんは、波乱万丈の人生を前向きに生きる強さを持っています。

脳梗塞から鳥との出会い、家族や共演者との絆が、現在の彼女を支えています。

これからも磯野貴理子さんの活躍から目が離せません。