優木まおみ娘とマレーシア移住後に離婚…うなぎ店経営や旦那の仕事は?ハーフで注目の若い頃から現在
優木まおみさんのプロフィール
優木まおみさんは、1980年3月2日に佐賀県佐賀市で生まれました。
血液型はB型で、身長は165cmです。
父親は日本と中国のハーフ、母親はロシアと中国のハーフという家庭に育ちました。
そのため、ハーフとしてのルーツを持ち、国際的な雰囲気を感じさせる容姿で知られています。
実家は祖父の代から続く中華料理店「光楽園」を営んでいました。
弟が一人いる4人家族です。
愛称は「まおみん」です。
現在はタレント、モデル、実業家、ピラティスインストラクターとして多岐にわたる活動を展開しています。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 生年月日 | 1980年3月2日 |
| 出身地 | 佐賀県佐賀市 |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 165cm |
| ルーツ | 父は日本・中国ハーフ、母はロシア・中国ハーフ |
| 実家 | 中華料理店「光楽園」 |
幼少期と学生時代の様子
幼少期の優木まおみさんは、活発でボーイッシュな少女でした。
小学校3年生頃までは走るのも泳ぐのも遅めでしたが、その後身長が伸び、劣等感を解消したそうです。
小学校4年生からバスケットボールを始め、高校3年生まで8年間続けました。
小学校6年生の時点で身長はすでに160cmありました。
ショートカットに男の子っぽい色の服を好む姿だったといいます。
中学校時代もバスケットボール部に所属し、人気者だったエピソードが残っています。
高校は佐賀県立致遠館高等学校に進学しました。
進学校で生徒会長を務め、校内ミスコンでは3年連続2位だったそうです。
受験勉強は実家の中華料理店の一角で、テレビの前のいすに座って行っていました。
周りがうるさい方が集中できる性格だったようです。
大学は東京学芸大学教育学部小学校教員養成課程国語選修に進みました。
アナウンサーを目指して上京したのがきっかけです。
大学1年次にはハワイ大学へ短期留学し、英語を学びました。
学生時代はTSUTAYAや予備校講師、競馬場など複数のアルバイトを掛け持ちしていたことも知られています。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 小学校 | 佐賀市立勧興小学校、バスケットボール開始 |
| 中学校 | 佐賀市立成章中学校、バスケットボール部 |
| 高校 | 佐賀県立致遠館高等学校、生徒会長、バスケットボール部 |
| 大学 | 東京学芸大学、ハワイ大学短期留学 |
若い頃のデビューとブレイク
大学卒業後、アナウンサー試験を民放各局に挑戦しましたが、すべて不合格となりました。
モーニング娘。のオーディションにも落ちた経験があります。
その後、生島企画室から声がかかり、2002年に白子のりのCMで芸能界デビューを果たしました。
当初は仕事がなかなか決まらず、事務所の電話番やレンタルビデオ店のアルバイトをしながらオーディションを受け続けました。
20代前半は自信を喪失していた時期もあったといいます。
転機となったのは『世界ウルルン滞在記』への出演です。
昆虫を常食する村でのロケで、臆せず虫を食べる姿が話題になり、注目を集めました。
その後、写真集のオファーを受け、グラビアにも挑戦しました。
「エロかしこい」というキャッチフレーズでブレイクし、雑誌の表紙を飾る機会が増えました。
高学歴とセクシーなイメージが融合したキャラクターとして、若い頃から大きな人気を博しました。
競艇番組のMCや『みんなのKEIBA』の司会など、バラエティや情報番組でも活躍の場を広げていきました。
30歳頃からは女性誌のモデルにシフトし、幅広い層から支持されるようになりました。
旦那との馴れ初めと結婚
優木まおみさんの旦那は、3歳年上の美容師です。
ヘアメイクアーティストとして活躍する一般の男性でした。
出会いは2011年頃、仕事で優木まおみさんのヘアメイクを担当したのがきっかけです。
その後、港区のヘアサロンに通うようになり、友人たちと食事を重ねるうちに親しくなりました。
2012年5月から交際を開始し、翌月にはプロポーズを受けました。
付き合って1カ月以内に結婚の話が出たほど、真剣な交際だったといいます。
優木まおみさん自身が「カレーを作りすぎたから家に食べに来ない?」と誘い、リードする形で関係が深まったエピソードも語られています。
優しくて穏やかな性格と、家族や仕事仲間を大切にする姿勢に惹かれたそうです。
2013年1月1日に結婚を発表し、同年6月にハワイで挙式、6月28日に婚姻届を提出しました。
旦那の容姿は「くまモンに似ている」と本人が評していたことでも話題になりました。
結婚後も毎朝のハグを欠かさないなど、円満な関係を続けていました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 旦那の職業 | 美容師(ヘアメイクアーティスト) |
| 出会い | 2011年頃、仕事でのヘアメイク |
| 交際開始 | 2012年5月 |
| プロポーズ | 交際開始直後 |
| 入籍 | 2013年6月28日 |
| 挙式 | ハワイ |
娘の誕生と家族の時間
2014年4月4日に長女を出産しました。
2017年1月26日には次女が誕生し、2人の娘の母親となりました。
出産後は育児と仕事の両立に悩み、産後の体調不良をきっかけにピラティスを始めました。
2019年にはBASIピラティスマットインストラクターの資格を取得しています。
オリジナルメソッド「MAOBICS」を考案し、身体美容家としての活動も本格化させました。
2024年には第16回ベストマザー賞の社会経済部門を受賞しています。
家族を大切にしながら、多忙な日々を送ってきました。
うなぎ店経営などの実業家としての顔
優木まおみさんはタレント業だけでなく、うなぎ店の経営でも知られています。
コロナ禍で芸能の仕事が一時的にゼロになったことをきっかけに、事業を始めました。
地元・佐賀県で「鰻の成瀬」のフランチャイズ店を2店舗経営しています。
2024年7月には佐賀市北川副町に「鰻の成瀬 佐賀北川副店」をオープンさせました。
東京では英語塾も運営しています。
不動産投資にも早くから取り組み、資産形成を進めてきた実業家としての一面が目立ちます。
「何か始めないと先が不安」という思いから、積極的に挑戦を続けてきた姿勢がうかがえます。
| 事業 | 内容 |
|---|---|
| うなぎ店 | 佐賀県で「鰻の成瀬」2店舗 |
| 英語塾 | 東京で運営 |
| その他 | ピラティスサロン、不動産投資など |
マレーシア移住と現在の生活
2025年8月から、2人の娘とともにマレーシアへ移住しました。
子どもたちの教育を主な目的とした「母子留学」の形です。
旦那は日本に残り、仕事を続けていました。
マレーシアでは英語学校に通い、ピックルボールなどの新しい趣味にも取り組んでいます。
現地で新会社の立ち上げも進め、生活を充実させている様子が伝えられています。
日本との2拠点生活を送りながら、家族の絆を大切にしていると語っていました。
離婚の発表とその内容
2026年8月24日、優木まおみさんはInstagramで離婚を発表しました。
「私たちは夫婦という関係性を終え、新しい道を歩むこととなりました」と報告しています。
「今後も大切な子どもたちの母・父として、協力しながら子育てを続けてまいります」とつづり、前向きな選択であることを強調しました。
所属事務所も離婚を認めています。
2013年の結婚から約13年の夫婦生活に区切りをつけた形です。
マレーシア移住後の別居生活を経ての決断となりました。
2人の娘の母親として、これからも子育てに注力していく姿勢を示しています。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 発表日 | 2026年8月24日 |
| 内容 | 夫婦関係の終了、新しい道へ |
| 子育て | 協力しながら継続 |
| 背景 | マレーシア移住後の別居 |
若い頃から現在までの軌跡まとめ
優木まおみさんは、ハーフのルーツを持ち、佐賀の中華料理店で育ちました。
バスケットボールに打ち込んだ学生時代を経て、アナウンサーを目指して上京しました。
デビュー後はグラビアで「エロかしこい」としてブレイクし、多才なタレントとして活躍しました。
美容師の旦那と出会い、結婚・出産を経験しました。
うなぎ店経営やピラティスなど、実業家としての顔も広げてきました。
娘たちとのマレーシア移住を経て、離婚を発表した現在。
常に「まずやってみる」精神で新しい道を切り開いてきた姿が印象的です。
これからも母親として、実業家として、前向きに歩みを進めていくことでしょう。




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