内海桂子師匠の直弟子は?ツイッター!夫・息子は?死去?若い頃画像

2019年2月13日

現在旦那成田常也さんとのなれそめは?

 

内海桂子師匠は1999年に成田常也さんと結婚

 

内海師匠よりも、成田常也さんの方が24歳年下。

 

内海師匠の長男よりも5歳年下で、長女と同じ年なのだそうです。

 

成田常也さんは、子供の頃から漫才や落語が大好きでラジオでよく聞いていたのだそう。

 

その頃から、特に「内海桂子好江」や「林家三平」の大ファンだったそうです。

 

職歴は、日本航空系列のアメリカにある航空会社に勤めていました。

 

年に数回アメリカ各地で行われている「日航寄席」という演芸会があり、当時成田さんは日本から出演してくれる芸人を呼ぶ担当でした。

 

1987年のロサンゼルス公演の出演を依頼するため、日本へ国際電話をかけたところ内海師匠本人が電話に出たのだそうです。

 

それから1か月後に初対面し、もともと大ファンであったこともありますが、内海師匠の人柄や着物姿の美しさに一目ぼれしてしまったそうです。

 

そして公演後、楽屋へ挨拶へ…そこから一年近くアメリカから毎日手紙を送るという成田さんの猛アタックがはじまりました。

 

 

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当時は娘と同居していた内海師匠。

 

また変な人から手紙が来ていると毎日孫がもってきたそう。

 

最後の1通に「アメリカで一緒に暮らさないか。」とプロポーズされました。

 

答えは、もちろんお断り。

 

仕事や母や子供・孫をから離れ、アメリカで生活するなんて考えられませんものね。

 

すると、成田さんが「私が日本へ行きます。」と長年勤務した優良企業の航空会社の地位や収入を捨て、日本へ。

 

帰国してから2年ほどは、インテリア関係の社長室長のお仕事をし、その後内海師匠のマネージメントを行うようになりました。

 

1990年に同棲を始め、事実婚状態になりました。

 

同居の当初は、内海師匠の長男から「遺産狙いでは?」と交際を猛反対されたそうで、「自分より年下の父親なんて認めない。」と絶縁状態となってしまいました。

 

内海師匠の方に籍を入れる形で、1999年に出雲大社で挙式を挙げました。

 

内海師匠も成田さんもこれが初婚でした。

 

外ではマネージャーとして、家では掃除や料理などの家事をすべて成田さんが行い、公私ともに内海師匠を支えています。

 

次第に成田さんの誠実さが家族にも伝わり、ガンにより先立ってしまった長男からも「母を頼みます。」と託されました。

 

 

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互いの家での呼び名は、「パパさん」「先生」と呼んでいるそう。

 

最近では成田さんのことを「骨ひろい」と紹介することもあるそうです。

 

お出かけの時には腕を組んで歩くなど、アツアツぶり。

 

出会った年齢は、お互いに遅かったのですが、それを埋めるかのような、仲の良さ。

 

幸せそうで、うらやましい限りです。

 

 

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死去とは?

 

内海師匠、御年90歳半ばを過ぎており、身近な人物に先立たれてしまう事があります。

 

先にもお伝えした通り、長男に先立たれてしまいました。

 

内海師匠が28歳、好江さんが14歳の頃に「内海桂子好江」としてデビュー。

 

その好江さんが、1997年にガンにより、享年61歳という若さで亡くなってしまいます。

 

2016年には、内海師匠が所属する「マセキ芸能社」を長年率いていた会長の柵木真(ませき・まこと)さんが死去。

 

これからも健康に気を付け長生きして活躍されることを期待しておりますが、身近な人物に先立たれてしまうのは本当に悲しいことですね。

 

今回はここまでです。

次の記事もお楽しみに!